(いま聴こえているプロペラ音は、ワトニックが率いるネイビーシールズのものではない。バウワーの直感は、その音の持ち主が、間違いなく、エリー湖で襲い掛かってきたクリントン財団の傭兵たちのものであることを教えていた。バウワーは、ガソリンスタンドでいったん停止する予定を撤回し、思いっきりアクセルを踏み込む。低速走行にシフトチェンジしていた白いパジェロは、一転して、銃砲から弾き出された弾丸のように一気に加速した。スピードメーターがぐんぐん上がる。60マイル、80マイル、100マイル、120マイル・・・。針が振り切れんばかりに、踏み込んだアクセルがフロアマットに吸着するくらいの圧力をかけ、最短時間で最大限のスピードを目指す。瞬間的には、不吉なプロペラ音を多少遠ざけることはできたものの、ぐーんと引き離すことはできない。バリバリバリ・・・という不吉な音が遥か彼方に消え去ることはなさそうだ・・・。)

(その単純な事実は、このパジェロで逃げ切ることはできず、傭兵たちの追跡が延々と続くこと、そして、敵方からいつ攻撃を受けてもおかしくないことを意味した。そして、その事実は、2人の勝ち目が2個のダイスを振って2が出るくらい稀なことであることも意味していた。Damn It ! 上空から丸見えのハイウェイ上では勝負にならない・・・。少なくとも、ヘリの視界から逃げなくては・・・。真昼間に轟音をたてて現れたということは、隠密裏に暗殺するという「プランA」を捨てて、目撃者がいたとしてもこの世から抹殺するという「プランB」に切り替えた可能性が高い。読みや対応を誤れば、ヘルファイアのようなミサイル一発で2人とも跡形もなく吹っ飛ばされるだろう。とにかくいまは、束の間でもいいから隠れることのできる場所を探すしかない・・・。木々に視界が遮られる森に逃げ込めればよいのだが・・・。ジャックは、チャールストンの南方にカナワ州立森林公園が広がっていることを思い出した。・・・)

オイオイ、ジャック・・・。頼むぜ、頼むぜぇ、こんなところで、お釈迦になるわけにゃあいかねぇんだ。これは、もう、次の大統領が誰になるかとか、トランプが勝つかどうかという問題じゃねぇ。言うまでもないことだが、俺がどうなるかというちっちゃな問題でもねぇ。俺たちのアメリカ合衆国の未来がかかっている聖戦なんだ。ヒラリーとオバマと中国共産党に支配されるのか、それとも、アメリカ市民が真の独立を勝ち取るのかという天下分け目の血戦なんだよ。まあ、俺は、少し前まで、ヒラリーとオバマと中国共産党のサイドにいたわけなんだが、正直言うと、毎回、毎回、弁護士のリンウッドの野郎のツイッターには心の蔵を貫かれて、そのたびに結構落ち込んでいたよ。

まあ、「私たちは犯罪的な選挙詐欺の被害者です(We are victims of criminal election fraud.)」なんてのは軽く受け流していたんだが、あの野郎の「自由を愛するアメリカ人は 我が国が中国やグローバルエリート主義者やCIAに 支配されることを決して許さない(Freedom Loving Americans will NEVER allow our Country to be infiltrated, compromised, or controlled by China, Global Elitists or CIA)」というツイートは俺のハートにもずしーんと堪えたなぁ。「バイデンができることは、ペットを連邦刑務所に連れて行くことだけだ(The Bidens will only be taking their pets to a federal prison)。バイデンがホワイトハウスの主になることは絶対にない。誰がそこに住むか決定するのは、俺たち国民だ(We The People decide who gets to live there.)」っていうのはもっと堪えたがね・・・。

(立て続けに起こる危機に少しは慣れてきたのか、それとも麻痺してしまったのかはわからないが、ジョー・バイデンの肚は少し座ってきたようにみえる。狼狽している素振りは微塵もない。・・・マーメットという小さな町でハイウェイを降りたパジェロは、カナワ州立森林公園を南から回り込む道をひた走る。バリバリバリ・・・残念ながら、プロペラ音が小さくなることは一度もなく、きっちりと背後をついてきている。そして、その音は着実に大きくなっていた。Damn it ! ガソリンが残り少ない・・・。燃料の残量を示すダッシュボードのメーターは、もはやエンプティゾーンの下限に張り付いている。このままではガス欠になる。客観的に見て、逃げ切ることはもはや不可能だった・・・。)

(ジャック・バウワーは吠えた。「バイデンっ! 跳び降りるゾっ! 準備しろっ!」。山の裾野沿いに急に右カーブを描く道に入った途端、数秒、ヘリからの視界が遮られる瞬間を狙って、ジャックとバイデンは、道の裾野まで広がっている森の奥へと転がり込んだ。2人は4WDを乗り捨てると、上空のヘリから見つからないように、木々の葉や枝で自然に形成された遮蔽場所を見つけては渡り歩くように、北西へと向かう。森林が生い茂りコケに覆われたトレイルの先を行くジャックを、老齢のバイデンが必死で追いかけていく。上空までの空間が木々によって完全に覆われた場所に、丘陵の窪みを見つけたバウワーは、バイデンを呼び寄せ、そこに身を潜めた。右手には例の直通のトランシーバーがあった。・・・)

(ミスター・プレジデント・・・。ハイッ、現在、バイデンとともに、クリントン財団と思われる敵に追われ、チャールストンの南にあるカナワ州立森林公園で潜んでいます。至急、応援をお願いします。・・・もう一つ、共和党上院総務のミッチェル・マコ―ネルの護衛もお願いします。詳しいことは後で報告します。・・・ええっ、そんなことがっ!・・・・・・ハイッ、ハイッ・・・・・・わかりました。・・・Copy that !・・・バウワーは必要な要求だけを手短に伝えてトランシーバーの通信を一方的に切るつもりだったが、トランプからもたらされた情報に怒りに禁じえなかった。すぐそばにいたバイデンの襟首をつかんで、いきなり締め上げ始めた。「バイデンっ! てめぇ、息子のパソコンを当局に届けた修理屋を殺しやがったなっ!」 バウワーの瞳にいまにも襲い掛からんばかりの殺気が走った。・・・)

な、な、なんのことだい、バウワー・・・。俺は、中国からカネはもらったが、「不正投票」なんてできないような臆病者だ。殺人なんてできるもんか・・・。くっ、くるしい・・・。締め上げるのは止めてくれ・・・。なんで、俺が「殺し」なんかしなくちゃなんねぇ。誰を殺したっていうんだ・・・。ニューヨークポストによる暴露記事だって! ああ、俺が副大統領だった5年前に、俺の息子が、ウクライナのエネルギー企業の幹部に、俺を紹介したって話かよ。その程度のスキャンダルで、俺は「殺し」なんかしねぇよ。確かに、俺は、公に「息子と海外での取引について話したことはない」と言い張ってきたから、政治家としては、そこの整合性は問われるかもしんねぇし、倫理上問題だと言われれば、問題なのかもしんねぇ。でも、違法行為じゃねぇぜ。その程度のスキャンダルなら、俺は山ほど持っているからなぁ。えっ、マネーロンダリングだって? そこんところは、弁護士の奴らに二重三重のディフェンスをしてもらっているよ。疑惑であることは否定しねぇが、犯罪の立件までには至らない。ギリギリッて奴さ。俺は、ワシントンで半世紀生き残ってきた男だぜ。そのあたりのギリギリの線はキッチリとわきまえてる。・・・

それで、なんでそれが「殺し」につながるんだよぉ? あるパソコン修理店が回収したラップトップが俺の息子の持ち物で、その中にメールが残されていたのに気が付いた修理店のオーナーがFBIに通報したんだって・・・ほおほお、それで、そのパソコン修理店のオーナーが殺されたって言うのかい? 確かに、そいつぁ気の毒なことだが、俺なら、絶対に「殺し」なんかしねぇよ。俺や俺の息子がますます怪しく見えるだけじゃないねぇか。おれは、認知症だし、オバマほど賢くはねぇが、そこまでバカじゃねぇよ。そもそも届け出た先がFBIなら、それこそまったく問題ねぇ、あそこは、オバマが張り巡らせたスパイ・ネットワークの巣窟だからな。俺に不利になる可能性のある捜査なんて絶対にしねぇよ。捜査官だって御身が大事だ。俺だって、ちょっと前までは「大統領になる予定だった男」なんだぜ。そんな男のスキャンダルをほじくって、上司の御機嫌を損ねてどうするっていうんだい。明らかな法令違反ならともかく、所詮はスキャンダル止まりだろ? その程度のことが俺の致命傷になるわけがない。実際、ニューヨークポスト紙の暴露記事自体、他の主要メディアは追随しなかったし、ツィッターやフェイスブックでも徹底的に拡散をブロックした。それなのに、パソコン修理店のオーナーを殺しちまって、小っちゃい疑惑をわざわざ大きな疑惑に拡大してどうするんだよ。そんなことはバカがすることだ・・・。

だったら、ハリソン・ディールの事故死はどうなんだって? ハリソン? ハリソンって誰だよ? 俺は、ハリソン・ディールなんて奴は知らねぇ。・・・・・・ふぅーん、ジョージア州上院議員のケリー・レフラーのスタッフだった奴なのか・・・。それが、なんで俺が殺したっていう話になるんだよ! 俺は、俺が知らない奴を殺すほど暇じゃねぇし、愚かでもねぇよ。そもそもジョージア州なんて、ほとんど行ったこともねぇ。大統領選挙でも、コロナ対策だと言い張って、ほとんど俺は地下室にいて外出してねぇんだぜ・・・。とにかく、ジョージア州のことはヒラリーに聞いてくれよ! 俺はなんにもしらねぇ。知らねぇんだ・・・。あいつが全部仕切ってるんだからよぉ! 

(共和党の監視団を追い払った後に、スーツケースに入れた投票用紙を投票計算機にかけた様子をハッキリと映した監視カメラの画像が出回った後、ジョージア州のケンプ知事は、観念したのか、投票署名を検証することを発表したのだが、そのたった数時間後に、ハリソン・ディールという男が死んだ。じつは、その男は、ルーシー・ケンプ ―― ケンプ知事の娘の婚約者だったらしい。車の爆発音が 1.6km離れたところまで聞こえたというから、普通の自動車事故ではない。爆殺を疑われてもおかしくない奇妙な事件だった。バウワーがその事故の様子を詳しく話すと、皴にまみれたジョー・バイデンの顔色が一気に蒼ざめた。)

そ、そ、その手口は、習近平の野郎だ。そいつは、中国共産党のやり口だよ。「自分に不利なことをチクった奴や、自分に不利になることをしそうな奴が、どんな目に遭うのか、よく見ておけ」と周りの奴らに思い知らせるために、あいつは、そういうことをする・・・・・・。そうやって、自分の力を見せつけてやがるんだ・・・デモンストレーションしてやがるんだよ。そ、それで結局、ケンプの野郎はどうした?・・・そ、そうだろ、投票署名を検証するって話を引っ込めたんだろ。カネまみれにして言うことを聞かせ、それでも動かなければ恫喝し、それでもダメなら恐怖で支配すればいい、というのが中国共産党のやり方だ。人の命なんか、これっぽっちの価値も認めてねぇ。まあ、そんな考え方をするのは習近平には限らねぇがな。中国の有名な歴史家の司馬遷ってぇ奴は、「命は時に鴻毛より軽い」と喝破したそうだ。命は鳥の羽よりも軽いんだとよぉ・・・。

(シーッ・・・。バウワーは、饒舌にさえずり続けるバイデンの口をいきなり左手の掌でふさいだ。相変わらず、遠くでバリバリバリというプロペラ音はけたたましく鳴り響き続けているが、それよりも近い距離で人の気配を感じる。それも1人や2人ではない。少なくとも数名が足を忍ばせて近づいてくる・・・。接近を覚悟したバウワーは、スミス&ウェッソンの安全レバーを静かに外した・・・。)

――「24-Twenty-Four-《ジョー・バイデン物語》第30話(1/30予定)」に続く。