(ルイビルにあるミッチェル・マコ―ネルの事務所は、ヴィクトリア朝の歴史あるロマネスク様式の建物の中にあった。優雅で重厚な趣のある白亜の建物は、上院で多数党を率いるマコ―ネルに相応しいオーラを纏っている。バウワーが建物の真正面に白いパジェロを停めると、老紳士は勝手知った自宅であるかのごとく、荘厳な入口へと吸い込まれていく。・・・ハンドブレーキを引いて車を完全に停めたバウワーは、先に行くバイデンの背中をすぐさま追いかけた。緩やかに湾曲している階段を、軽やかなステップで踏み上っていくジェントルマンは、あっという間に2階に辿り着き、真正面にある部屋を目指す。「The Office of Addison Mitchell McConnell, Jr.」と明記してあるドアはすでに開錠されており、年齢相応の威厳を備えた部屋の主は入口に迎えに出てきていた。・・・ワシントンの酸いも甘いも知り尽くしたベテランの政治家2人は軽くハグを交わすと、すいっと事務所の中へと消えていく。ジャックは老紳士2人の後を追った。出入口近くのオフィスのデスクから、場違いにも、美味しい香りが漂ってきた。・・・)

いやあ、嬉しいね、ミッチ! ルイビル名物のHot Brownじゃないか! ちょうどお腹が空いていたんだよ。・・・えっ、昨晩あのBristol Bar & Grilleから取り寄せて冷凍しておいたやつがあったので、それを温めてくれたのかい。そりゃあ豪勢だ。このカリカリっとしたベーコンにモルネーソースが絶妙に合うんだよなぁ。それだけで、このターキーのオープンサンドがこんなにうまくなるなんてよぉ。きっと、ベシャメルソースに合わせるブイヨンに秘密があるんだろうな。もちろん後で加えるチーズとバターも一級品なんだろう。・・・・・・いやあ、こりゃあ旨い。生き返ったよ、ミッチ・・・。Thank you、コーヒーも旨ぇや。・・・オイ、ジャック、ここに、お前の分を置いておくから、食べて待っててくれ。・・・さあ、ミッチ・・・話というのはな・・・。

(歳に似合わず、あっという間にHot Brownを平らげたバイデンは、旧知であるミッチェル・マコ―ネルの肩を抱いて、そそくさと会議室に2人で入り、分厚いマホガニーのドアを閉めてしまった。濃い褐色のドアの向こうで何が話されているかは、全く聞こえない。バウワーは、Hot Brownをコーヒーで胃の中に流し込みながら、真紅のスマートフォンをポケットから取り出して操作した・・・。電話先のクロエ・オブライアンはすぐに出た。クロエが入手した最新情報によれば、裏は取れていないものの、米陸軍の特殊部隊がフランクフルトのサーバーを押収するために、現地を奇襲したらしい。死者5人を出す激戦があったようだ。中国共産党が関わっていることについては、ほぼ間違いないということだが、CIAとFBIが共謀した疑いもあるという・・・。)

(ジャックは思わず叫んだ・・・「クロエっ、それは本当かっ!」・・・クロエの情報分析では、ドミニオンに関して、FBIの関与を立証する物証は出てきていないが、CIAが関わっていたことはほぼ間違いなく、フランクフルトでの激戦では、CIAが民兵と共に米陸軍と戦った可能性すらある、という。Goddamn ! いずれにしても、ドミニオンでトランプ大統領の票が大量にバイデンに変更されたことだけは、どうやら間違いないということだった。そのとき、不意にマホガニーの分厚い扉が開いた。ジャックは、素早くスマートフォンを胸ポケットにしまった。)

・・・ということで、頼んだよ、ミッチ。ああ、身の周りには気を付けるさ。ただ、俺には、CTUで一番、いやアメリカ合衆国で一番頼りになるジャック・バウワーがついているからな。・・・ただ、俺が本当に無事でいられるかどうかは、君のこれからの政治手腕にかかってる。そして、それは、君にとっても、俺たちのアメリカにとっても、大事な話のはずだ。もちろんトランプ大統領にとってもな・・・。本当に頼んだぜ、ミッチ・・・・・・。じゃあな・・・。さあ、行こうかジャック。今度は、ワシントンだ。あいつらの包囲網をうまく潜り抜けなくちゃなんねぇ。結構難儀だろうが、お前なら何とかしてくれると頼りにしてるんだ。本当、頼むぜ・・・・・・。それにしても、あのHot Brownは旨かったな。なっ、そうだろ、ジャック・・・・・・。まぁ、まぁ、まぁ、焦るな、ジャック、ミッチと話した内容は、ワシントンに向かう車の中でゆっくりと話してやるよ。まずは、ワシントンでトランプに会うための算段をしようや・・・。

(白亜の建物を後にしたバイデンとバウワーの2人は、速やかに白いパジェロに乗り込み、ルート64を東に向かう。ワシントンDCまでは、およそ600マイル。時速100マイル(160㎞/h)でも6時間はたっぷりかかる距離だ。しかも、敵はどこで待ち伏せているかわからない。相手が待ち伏せしにくいルートを選ぶとなると・・・。ジャックは、右ポケットに入っている真紅のスマートフォンをつかむと、先ほど電話した相手に再び電話した。「クロエっ、バージニア州のベルベディアビーチの付近に、クルーザータイプの高速艇を用意してくれ。移動するときに、バイデンの姿が見えないようにしたい・・・。いま俺たちは、ルイビルを出たところだ。チャールストンで南に下る。このスマホの位置情報を追ってくれればいい。・・・近くに援軍はいないか?・・・・・・ああ、トニーの奴なら安心できる。奴と落ち合う場所を後で送ってくれ。・・・着くのは早くて昼すぎだと思う。敵は、クリントン財団の傭兵と中国の工作員の精鋭たちだ。銃だけでは戦えない。FIM-92 スティンガーくらいは搭載させといてくれよ。・・・ああ、頼む」・・・)

(すでに陽の光は、ルイビルの郊外のすべてを明るく照らし始めていた。マイカーで通勤しているサラリーマンの姿も増えてきた・・・。ルイビルに向かう車列に逆行しながら、パジェロは風を切って走る・・・。一刻の時間も惜しんでバージニア州を目指すジャックは、前方にまっすぐに延びているルート64を睨みつけながら、助手席に座った隣の老紳士を怒鳴りつけた。・・・「バイデンっ、マコ―ネルとの話はどうなったっ!」・・・)

ああ、ミッチには、江沢民一派を動かすように依頼してきたよ。習近平の弱みを示す情報を手に入れる方法もちゃんと伝えておいた・・・。いざというときに備えて、俺は、習近平の秘密を記録したUSBを、中国内部に潜ませている連絡係に渡してある。もちろん、そいつはUSBに入っている中身は知らないが、俺が事前に教えてある符号を知っている奴が尋ねてきたら、隠し金庫からそのUSBを渡すように言ってあるんだ。・・・まあ、致命傷にはならんかもしれんが、使い方によっては、奴の帝国に、確実にヒビ割れくらいは作れるネタさ。あとは、江沢民一派がどこまで習近平を揺さぶれるか、そして、ミッチとトランプが江沢民一派と組んで、どこまで習近平を追い込めるかというところだろう。・・・ミッチには、トランプ大統領が俺に恩赦を与えてくれたということも話しておいた。・・・彼には、俺の恩赦の証人になってもらわんと困るからな。・・・だから、それに見合った情報はきっちり渡して、ミッチからトランプに伝えるようにお願いしておいたよ。その情報を知れば、お前に渡したオバマやヒラリーの録音や録画に匹敵するネタだということが分かるだろう。トランプは、あれで結構、賢い男だからな。・・・

(本当に食えないジジイだ・・・。ジャック・バウワーは、命を賭けたぎりぎりの局面で、したたかに生き残りに賭ける老政治家の執念を見た。ワシントンで半世紀近く生き抜いてきたジョー・バイデンは、トランプとの恩赦の契約が、書面ではなく、トランシーバーでの口頭の約束に過ぎず、証人もバウワーしかいないため、共和党の重鎮であるミッチェル・マコ―ネルを「恩赦の証人」に仕立て上げたかったのだ。マコーネルから恩赦の条件である重要情報がもたらされて、正式な恩赦の契約書面にトランプがサインすれば、恩赦の約束が反故にされる可能性は十分に低くなる。さすがに気の遠くなるような長い歳月の間、魑魅魍魎がうごめく政界で生き残ってきただけのことはある・・・。「認知症」だとは思えないくらいの頭の回転の良さだ。)

(ジョー・バイデンは、1973年に30歳で上院議員に当選して以来、ずっとワシントンのインサイダーだが、強く印象に残る成果があるかといえば、ほとんどない。副大統領としても、特段記憶に残る仕事は残していない。・・・政治家として際立った実績があるというよりも、とにかく誰からも嫌われない、敵をつくらないという路線をずうーっと歩んできた。・・・とはいえ、これは、言うは易く行うは難しの難業である。とかく政治家という生き物は、目立ちたくなる性癖を持っており、目立つためには主張を尖らせねばならず、主張が尖れば政敵を作る。それが当たり前の世界だ。・・・しかし、バイデンにはそれがない。それにもかかわらず、重要なインサイダーとして落伍することなく、ワシントンに居続けてきた。・・・その特質は、目立たないけれど、常にそこにいる ―― という有能なスパイに通じるところがあった。・・・)

――「24-Twenty-Four-《ジョー・バイデン物語》第28話(1/28予定)」に続く。