トランプ関税の愚挙へ戦略早急に(日本経済新聞【社説】:2025.4.4)

トランプ高関税 世界経済を壊す暴挙だ(東京新聞【社説】:2025.4.4)

大国が身勝手に交易の扉を閉ざせば、各国も利己に走る争いの連鎖は止めようがなくなる。その歴史の過ちを一顧だにしない蛮行である。(朝日新聞【社説】:2025.4.4)

これが世界最大の経済大国の振る舞いか。第1次政権時と比べても次元の異なる乱暴さである。「トランプ2・0」の高関税政策は同盟国にも容赦なく牙を剝く。独善性に満ちた措置に深い憂慮と失望を覚える。(産経新聞【社説】:2025.4.4)

これまでの関税政策の中でも最も強硬な措置といえる。同盟国にさえ一方的で身勝手な数字を押し付ける姿勢には、あきれるほかない。(中国新聞【社説】:2025.4.4)

日本のメディアが提供する「情報」には、本当に価値がなくなったと思う。情報が溢れている世の中で起こっている事象の本当の背景を読み解くような「知恵」を提供しなければ意味がないのに、その点の分析がまったく稚拙である。巷に溢れる「トランプ関税」に関する解説をわかりやすく端的に述べれば、「全世界に対して高関税を掛けるなんて、トランプは狂っている」という言説だ。

これは、まるで3年前にウクライナ紛争が発生したときに、「兵力20万人で戦争を仕掛けるなんて、プーチンは狂っている」という言説が駆け巡ったのと同じである。2008年、あるいは、2014年からの経緯に全く触れることなく、「プーチンは欧州征服を考えている」という稚拙な前提に基づく素人専門家のくだらぬ解説を何度聞かされたことか。「トランプ関税」についても、「トランプは関税ディールで世界をコントロールするつもりだ」などという表層的なコメントが飛び交うのだろう。

これまでのトランプの言説を素直に分析すれば、今回の「トランプ関税」は、「経済安全保障」の一環だと捉えるべきだ。すなわち、米国一国が支配する Unipolar World から Multipolar World に国際社会が転換していく中で、その大きな流れを止められない以上、米国の「経済安全保障」を強化するためには、「自給自足体制」を構築するしかない。幸いなことに、米国は、ロシアと並んで、食糧とエネルギーを自給できる国だ。製造業をある程度米国内で復活させることができれば、これから到来する半世紀以上の「国際秩序の混乱」においても、米国は、たくましくしたたかに強大な国として存在し続けることができるだろう。「自給自足体制」の構築による「経済安全保障」の確立がキーである。

これまで長い間、米国は、ドルという「最も有利な輸出品(米ドルで海外から物品を買う)」に頼り切り、巨額な貿易赤字を垂れ流してきたが、貿易赤字に相当する米ドルが米国に還流する仕組み(ペトロダラーなど)が機能してきたため、財政支出を拡大しても容易にファイナンスができてきた。このため、巨額の財政支出の裏側で巣喰っている「公金チューチューシステム(マネーロンダリング)」が膨張し、「米ドルの信用力」に依存した中毒的な経済構造が蔓延してきた。

しかし、ロシア制裁で使用されたように、SWIFT を用いた「ドルの武器化」に懸念を示す国々が増えていき、De-dollarization(脱ドル化)の動きが強まる中で、BRICSが形成され、ドルに代わる国際通貨が大っぴらに議論されるようになってきた。そういう中で、国際基軸通貨としての「ドルの神話」が崩壊すれば、米国経済は「巨額の貿易赤字」と「巨額の財政赤字」を支えられなくなり、致命的なダメージを被るリスクがあるし、そのリスクは膨張しつつある。中長期的ではあるが、極めて巨大なこのリスクに対処するためには、De-dollarization の動きを強烈に牽制しつつ、「米ドルの神話」に甘え切った経済構造を、「自給自足」に近い体制に変革しなければならない。

「これで米国経済はガタガタになる」とか「これは米国経済の自殺だ」などという煽情的な言説を振りまく向きも散見されるが、近年、世界各国から関税あるいは制裁を受けながら、自国経済を構造変革し、強く逞しくなった国のことを知らないのだろう ーー それは、ロシアである。ロシアは、欧米各国から経済制裁を受けて、「3ヶ月で経済が崩壊する」と言われながら、気が付くと購買力平価でみると、日本を抜き、世界第4位の経済大国へと躍進した。中でも、外資企業がロシア国内から撤退したことを、絶好のチャンスと捉えたロシアの起業家たちが代替サービスを提供して、供給体制を再構築した姿は記憶に新しい(日本では、ほとんど報道されていないが)。トランプ政権は、米国でも、同じ動きが起こることを期待しているのだろう。

また、地政学的に言えば、世界が Multipolar World に移行する中で、米国が叩くべき国際社会におけるのライバルは、中国である。それなのに、中国からの輸入に依存した経済構造を維持し続けることはできない。早晩、米中間の経済戦争が勃発するのに、弱みを中国に握られたままでは有利に戦えない。また、第一次トランプ政権における中国に対する高関税に対して、中国は、ベトナムなどを介した迂回輸出で巧みに対抗してきた。だからこそ、全世界に対する高関税という政策を打ち出したのだ。要するに、「トランプ関税」は、「中長期的なリスクを制御するための自給自足体制」を構築しつつ、ライバルである中国を厳しく牽制するための施策なのだ。その本質を理解することなしに、見当違いの批判を続けたところで、有効な対策を講じることができるわけがない。

テレビに出てくる評論家もどきが「関税水準の計算がいいかげんだ」「算出根拠がデタラメだ」などと反論しているが、そんなものは「言いがかり」に決まっているのだから、そんな細かい議論をチマチマと展開していても、生産性はまったくない。1980年代の日米貿易戦争を思い起こせばいい。米国議員が東芝のラジカセを公衆の面前で叩き壊した時代の話だ。当時の米国の主張は、日本人からすれば「噴飯もの」の暴論ばかりだった。しかし、世界を席巻していた日本の半導体業界は実質上潰されたし、日本としては納得できない様々なディールを呑まされたではないか。

「トランプ関税」は、米国が「覇権を持続させるための主要政策」である。石破政権が真に日本のために交渉するのであれば、まずは、「Multipolar World における日本の立ち位置」に関する戦略を詳細に立案し、そのビジョンに基づく「大きな対案」をトランプ政権に示さなければならない。関税水準が高すぎるとか、自動車をどうするなどという「些末な議論」は、「大きな対案」がなければ、効力を持たない。しかし、未だにロシアとの国交を正常化する努力を始めることができず、欧州と中国に媚びるだけの石破政権に期待を持つことは禁物だろう。