イスラエルのネタニヤフ首相を対象とする逮捕状を請求することに関して、数人の国家指導者たちから詰め寄られたことは事実だ。特に地位の高い、ある首脳は「国際刑事裁判所は、アフリカやロシアのような狼藉者を裁くために作ったんだゾ! 欧米の友好国を裁くための機関じゃない。そんなことも、お前は知らないのか!」と息巻いていた。(I’ve had some elected leaders speak to me and very, you know, very blunt "This court is built for Africa and for the thugs like Putin" was what one senior leader told me.)
ーー KARIM KHAN(国際刑事裁判所検察官)
国際刑事裁判所を舞台とした「激論」というか「茶番」というか「悲喜劇」が俄然面白くなってきた。国際刑事裁判所の検察官が、イスラエルのネタニヤフ首相に対して「戦争犯罪人としての逮捕状」の発行を請求したことについて、国際世論が白熱した議論を展開しており、今後の展開に目が離せないからだ。
ネタニヤフ首相に対する逮捕状請求に関して、米英は怒り心頭。米国の上院議員らは「イスラエルをターゲットにするなら、米国政府はお前とお前の家族をターゲットにしてやる!」とヤクザ紛いの脅しをかけ、バイデン米大統領は「ジェノサイドなどどこにもない」と言い張り、スナク英首相は「この逮捕状請求は問題解決に何の役にも立たない」と冷淡な対応に終始した。プーチン大統領に対する逮捕状が出たとき、あれだけ欣喜雀躍したのがウソのようだ。
これに対し、ムスリム諸国は「逮捕状の請求に数ヶ月もかかるなど遅すぎる」と怒り、「ネタニヤフだけでなく、実際にパレスチナ人の虐殺に関与した軍人を一人残らず処罰しろ!」と処分は不十分だとなじる。また、「ハマスの攻撃は、国際法が認めている占領軍に対する反乱権を行使しただけなのに、ジェノサイドを実行したネタニヤフと同等に扱うのは政治的な打算だ」という法的な批判もある。もっとも、このあたりは日本では報じられないだろう。
この件が面白いのは、この切っ掛けを作ったのは、今回の逮捕状請求を批判している米英だったということ。ウクライナ紛争が発生し、ロシアに不利な国際世論を醸成しようと企てた米英は、国際刑事裁判所に圧力を掛けて、プーチンに濡れ衣を着せ「逮捕状」を出させることに成功。ウクライナの子どもたちをロシアに移送した罪だという。その後の報道や調査で、人身売買や臓器売買の恐れがあった子供たちを保護しただけだったということが明らかになっているが、逮捕状は失効していない。それで米英メディアは、事あるごとに「逮捕状」でプーチンを揶揄してきた。ところがこれが裏目に出る。
イスラエル軍のガザ侵攻による「ジェノサイド」に注目が集まる中で、当初はイスラエル寄りだった国際世論が連日繰り広げられるパレスチナ人の虐殺に涙し、欧米を除くほとんどの国が即時停戦を求めるようになった。しかし、イスラエルも、その背後に控えている米国も「カエルの面に小便」の対応を続けたため、ついに、パレスチナ市民に対する同情と憐憫は、欧米支配への怒りへと変わっていく。
中でも、アパルトヘイトで苦しみ抜いた歴史を持つ南アフリカ共和国は、ガザ地域で「イスラエルによるアパルトヘイト」によって苦しめられていたパレスチナ人たちの痛みを良く知る国のひとつだった。そこで、国際司法裁判所に対して「イスラエルがパレスチナ自治区ガザ地区でジェノサイドを犯している」と訴えた。南アフリカは、イスラエルがガザ「破壊」を計画しており、「国家の最高レベル」が立案に当たったと主張したのだ。これが妙手だった。
日々繰り広げられている惨劇を目の前にして、国際司法裁判所としては、さすがにバイデン米大統領のように「ジェノサイドなどどこにもない」などとは言えない。そう言えば、自らの存在意義が吹っ飛んでしまう。しかし、米英からのプレッシャーは熾烈で強烈だ。国際司法裁判所は、幾度となくイスラエルに対して弁明の機会を与え釈明するよう求めたが、実質的になしのつぶてに終始する。渋々ながら「ジェノサイドの認定」をするという結論に至った。
そうなったら、ムスリム諸国は黙っていない。「ジェノサイドは戦争犯罪なのだから、下手人を逮捕しろ!」と、今度は国際刑事裁判所の検察官に詰め寄る。「プーチンは子どもを保護しただけで逮捕状を出したのに、いま目の前で子供たちを虐殺しているイスラエルは無罪放免なのか!」「国際刑事裁判所というのは白人の手先なのか!」「俺たちのような有色人種には人権がないというのか!」など、国際刑事裁判所の検察官である KARIM KHAN のプレッシャーは並大抵のものではなかったろう。
しかし、同情には値しない。米英の圧力に負けて、「軽微な罪」どころか「罪ではない行為」でプーチン大統領に「逮捕状」を出したから、難しい立場に追いやられたのだ。イラク戦争やリビア空爆のときのように「調査協力が得られない」という理由で逮捕状を請求していなければ凌げただろうが、ロシアによる調査協力が得られない状況(調査依頼もしない)で、プーチンに逮捕状を出してしまった。だから、完全な自業自得と言ってよい。これでイスラエルのネタニヤフ首相に逮捕状を出さなかったら、国際刑事裁判所の権威は地に落ち、BRICS 諸国は「新国際刑事裁判所」を立ち上げるだろう。「欧米の偽善を正当化する手先から脱退し、真の国際司法機関を設立しよう」という流れの中で、誰も相手にしない存在に成り下がってしまう。
だから KARIM KHAN は、ネタニヤフ首相に対する逮捕状を請求した。そして予想どおり、米英は怒りを露わにして襲い掛かってきた。彼自身だけでなく、彼の家族に対しても毒牙にかけると脅してきた。それで、自分と自分の家族を守るために、CNN の対談番組に出演し「何人も、どの国も、法の下では平等である」という表では誰も否定できない原則論を打ち出し、「国際刑事裁判所は欧米がアフリカやロシアを支配するためのツールだと勘違いしている首脳がいるが、それは間違っている」と啖呵を切ったのだ。無論、彼は「ネタニヤフの逮捕状」を請求しただけで、発行されるか否かは法廷の判断に委ねられる。ある意味で、KARIM KHAN は責任をパスしただけとも言える。
法的に難しいのは、イスラエルによる虐殺のほうではなく、むしろハマスによるイスラエル攻撃の正当性。「屋根のない監獄」と呼ばれていたガザ地域が「イスラエルの占領下」にあったことは紛れもない事実であり、国際法は、占領下にある市民が武器を手に取って、占領軍と戦うことを認めている。ナチ支配下のパリ市民が武器を手に取ってナチと戦うレジスタンスが「正義」だったように、被占領国の市民が占領軍を攻撃するのは「正義」だからだ。だから、最終的な判断が下されるのには時間がかかる可能性がある。しかし、そうなればそうなったで、欧米以外での国際世論は批判を強め、国際刑事裁判所の地位は揺らいでいくだろう。
今回 KARIM KHAN は、我が身を守るために、世界中の人々が観るであろうインタビューの中で「国際刑事裁判所は、欧米がアフリカやロシアを支配するためのツール」だと考えている国がいるという事実を告白してしまった。誰も口に出さない「暗黙の事実」だ。いわばタブーを犯してしまった。ネタニヤフの逮捕状を出さなければ、国際刑事裁判所は「欧米支配のためのインチキのツール」だということが白日の下に晒されてしまう。ほぼ「詰み」に近い状態だ。
今回の KARIM KHAN の一件は、米国(あるいは米英)による「一極支配体制」にヒビが入りつつあるという現実を露わに見せつけた。米国を中心に世界大戦後巧みに構築された「世界支配のメカニズム」は歴年の制度疲労が重なってボロが出てきている。国際秩序の再編成は不可避だろう。そのときに、日本国はどうするのだろうか? 無策の米国盲従か、それとも、放心状態で彷徨うだけなのか?
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