ノルドストリーム爆破に関する見解を国連で報告するなどロシアに精通したスペシャリストとして、数多くの専門家から一目置かれている Ray McGovern が「プリゴジンの乱」に関する Larry Johnson の分析(Double Agent 説)を支持しました。

・ロシアの諜報部 GRU がロシア国外で活動する別働部隊としてワグネルを創設。ロシア国防省が資金援助している。プリゴジンは、GRU の指揮下で動くワグネル部隊のリーダーとして任命された「傀儡(figurehead)」である。

・ビジネスマンであるプリゴジンは、ロシア国防省以外とも傭兵契約を行い、カネを稼ぐ方法を確立し莫大な報酬を得るようになった。その活動の中で、ワグネルは、シリアにおいて、米軍と対立していた民間企業と傭兵契約を結び、米軍の攻撃を防御する約束を交わした。

・米軍は、シリアに駐屯していたワグネル部隊を攻撃する前に、ロシア国防省に対し「ワグネルはロシア軍の所属か?」と確認したが、ロシア国防省は「ワグネルは独立した民間企業であり、ロシア軍とは関係がない」と言明して助けなかった。その結果、ワグネル部隊は多大な犠牲を被る。ロシア国防省に対するプリゴジンの怒りの火種は、この時から燻り始めた。

・プリゴジンは、自分勝手に行動するようになり、GRU はプリゴジンを懐柔しようとしてきたがうまくいかなかった。GRU の中にプリゴジンから袖の下をもらって、彼のために便宜を図ったスタッフがいたのかもしれない。

・ウクライナ紛争に突入すると、プリゴジンは、ウクライナの一部と内通し、英国の MI6 とも接触するようになった。そして米国は、それらの状況を逐一知らされていた。もっとも、プリゴジンは発覚した場合のリスクを考慮に入れて適宜報告していたから、GRU も知っていた。

・ドンバス地域がロシアに併合されることになったため、ワグネルは法的に難しい立場に立たされた。ロシア法の下では、重武装してロシア領内で活動することは、ロシア軍以外には許されていない。すなわち、ロシア領となったドンバス地域で活動するワグネル部隊は、違法な存在と言うことになる。

・プリゴジンの勝手な行動に手を焼いていた GRU とロシア国防省は、ワグネル部隊を正式にロシア軍に編入することを決定した。その方針に同意する契約を7月1日までに結ばなければ、資金援助しないことも決めた。要するに、プリゴジンはクビになった。

・窮地に追い込まれたプリゴジンは、懇ろになった MI6 らと語らって「武装蜂起」を準備した。GRU やロシア国防省は、プリゴジンの動きを察知していたが、蜂起する規模が知れていたほか、内通者を炙り出す格好の機会になるだけでなく、ウクライナ領内における NATO 拠点の爆撃やウクライナに対する総攻撃の準備のための煙幕に役立つと考え、泳がせることにした。

・英国 MI6 と米国とウクライナだけでなく、GRU やロシア国防省など関係者全員が知っている中で、プリゴジンは、ロシア軍から供与された兵器や弾薬を返納することになっていたロストフの軍司令部において蜂起した。犠牲を最小限にするという方針で対処することを決めていたロシア国防省は、空き家同然だったロストフの軍司令部をまったく抵抗せずにワグネルに明け渡した。

・ここまでは、事態は、MI6 の読みどおりに進行したと言ってよい。プリゴジンがロストフを拠点として立て籠りを続けてくれれば、ウクライナ軍に対峙しているロシア軍は背後にも注意を払わなければならないほか、兵器・弾薬・食糧などを供給するロジスティクスを維持することに支障がでる。敗勢必至のウクライナ軍にとっては、僅かながらの希望の灯がともることになるわけだ。事実として、プリゴジンが蜂起した日は、NATO 軍による大規模軍事演習の最終日であり、万が一「プリゴジンの乱」が巧く行った場合には、空軍を支援に赴かせるなどのシナリオも描いていただろう。

・しかし、MI6 も、プリゴジンが「モスクワに向かって進軍する」と言い出したときは驚いたに違いない。ロシアの領土内で制空権を持たない中で、見晴らしの良い道路を進軍するのは自殺行為にすぎないからだ。しかし、プリゴジンは「モスクワに向かえば、仲間が進軍をサポートしてくれる。政権や軍部の内部から、ショイグやゲラシモフに対する批判が巻き起こり、レジームチェンジが起こる」と言い張って聞かない。結局、MI6 は、プリゴジンを制止することを諦め、「プーチンが失脚したり、本格的な内戦になる可能性が10%でもあるのなら万々歳だし、失敗したところで、こちらにダメージはない」と計算して、ゴーサインを出したのだろう。

・MI6 から「プリゴジンによるモスクワ進軍」の情報を受け取ったバイデン政権は、期待に胸を膨らまし、固唾を呑んで帰趨を見守った。ブリンケン米国務長官は、外交関係者に対して「ロシアの状況については余計なコメントをするな」という電報を打ったが、その行動自体、「プリゴジンの乱」に対して、かなりの期待を抱いていたことを感じさせる。「ウクライナにおける壊滅的な敗勢を覆すには、プーチン政権を崩壊させるか、ロシアに内戦を起こすしかない」という切迫感もあったのだろう。

・WEST では、週末が深まるごとに「プリゴジンの乱への期待」が高まっていったが、ベラルーシのルカチェンコ大統領が仲介し、24時間以内に一件落着してしまったことによって、一気に萎んだ。萎んだだけではない。モスクワへの進軍を言い張ったプリゴジンが簡単に折れた姿を見て「プリゴジンの野郎に騙された! はじめから、プーチンと握っていたんじゃないのか!?」という疑念が強まる。怒ったバイデン政権は、ワグネルに関連する企業やワグネルの関係者を制裁対象に加えた。

・プリゴジンに裏切られた形になった WEST は「領土内で反乱を許したプーチンの威光は翳った」とか「プーチンの威信はガタガタになった」「ロシアの終わりが始まった」などと姦しいが、空しい足掻きとしか言いようがない。実際、「プリゴジンの乱」の前、プーチンの支持率は70%前後だったが、90%近くにまで爆上げした(Sky-rocketted)。プーチンの人気は圧倒的なものになった。

・プーチンが器の小さいリーダーだったら、プリゴジンが乱を起こした瞬間に部隊とともに殲滅していただろう。しかし、プーチンは、敢えてプリゴジンを泳がし、内戦の発生を徹底的に回避しながら、1日もかからずに「乱」を鎮めてみせた。しかも、プリゴジンに対する国家反逆罪としての刑事告訴も取り下げた。「乱」に加わったワグナー部隊に対しても、加担したことを責めるどころか、「内乱を回避してくれたことに感謝する」と公言して、器の大きな大人の対応を示した。

・「プリゴジンの乱」が、衝動的な個人行動なのか、自作自演の独演会なのか、ロシアと組んだ上での芝居なのかはともかくとして、この「乱」に乗じて、ロシア軍は、ウクライナ国内の NATO 拠点をピンポイントで爆破して軍の幹部と兵士を殺害し、わずかに残っていた防空システムを粉々に破壊した。また、「乱」のどさくさに紛れて、ロシア軍の再配備も円滑に終了した。今後2~3週間の間に、ロシアの総攻撃が始まるだろう。戦史家は「プリゴジンの乱」はそのプロローグの一部に過ぎなかったことを、いずれ明らかにするに違いない。



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