【今後の国際経済を予測する際の留意点⑤】(2023.3.14)
*「内政不干渉」のBRICSと「主権不尊重」のWEST

昨年末、ウクライナ軍総司令官のザルージニーは、訓練済みの兵士が20万人しかおらず、その兵士たちのほとんどが bleeding(血を流している)であることを認めた上で、ロシア軍の総攻撃が2023年初に始まることを指摘し、非現実的な大量の兵器を早急に支援するよう、欧米諸国に対して要請しました。軍事の要衝であるバフムートが時間の問題で陥落することが分かっていたので、「欧米が兵器を供給しなかったから負けた」と言い訳するための環境作りに入ったのでしょう。バフムートが陥落すれば、ウクライナ軍は攻め込まれて、どんどん不利になっていきます。ロシア軍はmeat grinder(肉挽器)ですり潰すように、ウクライナ軍を粉砕してきましたが、地域の占領を主要な軍事目的とはせず、ウクライナ軍の損耗を極大化する軍事作戦(De-militarization)を徹底しています。

ところが、日本のメディアは、呆れるくらいの低レベル。「バフムートで死んでいるのは、ウクライナ兵ではなくロシア兵だ」「バフムートは重要ではない」と断言したり、毎日砲撃が続いているのに「ロシアは兵器を作れない。ミサイルはなくなる」と公言する三流以下の専門家を登用し続けています。中でも、Institute for the Study of War(ISW:戦争研究所)のレポートを鵜呑みにしている報道ぶりには愕然とします。ISW のトップであるキンバリー・ケーガンの夫が、ネオコンの代表的論者であるロバート・ケーガンの弟であり、ロバートの妻が2014年に起こったマイダン・クーデターの背後で動いていたヌーランド米国務次官であることは誰でも知っている事実。それらの事情をわかった上でプロパガンダに加担しているのであれば、もはや「報道機関」と呼ぶに値しません。

日本メディアのお粗末さが端的に顕れたのは、Seymour Hershの記事(2/8)に関する報道。著名なジャーナリストであるHershは、内幕を詳細に叙述して「ノルドストリームを爆破したのはバイデン政権だ」と告発したのですが、米国のメインメディアは一切取り上げません。そのため、日本メディアも完全に無視。ところが、Hershの記事は世界中で広く読まれ、国連でも話題に上った(2/22)ので、対処に窮したショルツ独首相は急遽訪米してバイデン大統領に直談判(3/3)。その直後、New York Timesは「親ウクライナ派がノルドストリームを爆破した」というスピン記事を掲載します(3/7)。もっとも、「小さなヨットに乗り込んだ潜水夫が爆弾を設置した」という杜撰な与太話だったので、世界中でジョークのネタに。ところが日本では、Hershの記事に一言も触れずに、ジョークレベルのスピン記事を、「ニュース」として報道する(3/8)のですから呆れ返ります。

こんな調子ですから、戦況の解説も「ウクライナの善戦・ロシアの苦戦」という偏向報道だらけ。昨年11月の時点で、ミリー米統合参謀本部議長は、バイデン大統領に対して「ウクライナに対して、ロシアとの和平協議を始めるように指示した方がいい(the Ukrainians have probably accomplished all that they reasonably can and now is the time that they really need to start negotiating.)」と助言。ウクライナの戦況が好転することは望めず、ロシアが総攻撃を始めるとウクライナが敗けるということを知っていたので、「和平交渉を始めるのであれば今しかない」という見解を示していました。ウクライナの戦況を変えるためには、NATOあるいは米軍の参戦しかありませんが、そうなれば、核戦争へのエスカレーションもあり得ます。その事情を熟知しているロシアは、米国を刺激しないように、表面的には大攻勢に見えない形で、De-militarizationを静かに遂行しています。

ウクライナにおける戦闘を有利に展開しているロシアは、WESTによる経済制裁を凌ぎつつ、戦後における国際秩序の再構築を睨んで、外交や経済の分野においても着実に布石を打ち続けています。国際経済においては、①BRICSを中核としたAlternative Economic Zone(代替経済圏)の拡大と②De-Dollarization(脱ドル化)という二つの潮流が加速しており、③WESTを頂点とするUnipolar WorldからMultipolar Worldに移行する流れが不可避になっているだけでなく、④米国による一極支配を基盤とした国際秩序に亀裂が走りつつあります。この拙論では、①②③④の観点を中心に、プーチンの演説内容(カッコ内の英文:日付)を適宜紹介しながら、国際経済の現状と趨勢について展望します。

1. WESTの経済制裁に屈しなかったロシア経済

ロシアに対するWESTによる経済制裁は、徐々にレベルを上げながら、1年間以上続いていますが、ロシア経済は「史上最大」とも表現される経済制裁に全く屈しませんでした(the West has opened not only military and informational warfare against us, but is also seeking to fight us on the economic front. However, they have not succeeded on any of these fronts, and never will:2023.2.21)。WESTはもとより、プーチンが想定していた以上にロシア経済は強靭だったと言えるでしょう。当初、WESTで喧伝された予想とは180度異なり、ロシアは孤立せず、プーチンは WEST に屈せず、逆にWESTが孤立するようになっていきます。中でも欧州は、自ら断行した経済制裁の影響で自国経済を痛めており、自分で自分の首を絞めてしまうという大失態を犯しています(those who initiated the sanctions are punishing themselves: they sent prices soaring in their own countries, destroyed jobs, forced companies to close, and caused an energy crisis:2023.2.21)。

WESTの大多数のエコノミストは、経済制裁が実施された当初、「ロシア経済の落ち込み(2022年・実質GDP)は▲20~25%になる」と喧伝していましたし、控えめな経済学者ですら「▲10%以上」と予想していましたが、「▲2.1%」の景気後退にとどまりました。「ロシア経済は瓦解する(the economy would be in free fall)」と指摘する専門家も大勢いましたが、WESTとの関係を断たれたロシア企業は他国との関係を再構築して、逞しく復活しました。この間、ルーブルによる国際決済の比率は2倍以上になり、全体の3分の1のボリュームに達しています。中国人民元やインドルピーなど友好国の通貨による取引を含めれば2分の1を超えました。ロシア経済は、米ドル経済圏の依存度を大幅に引き下げており、経済制裁の効果は歳月を経るごとに効果が薄くなっています。

上記の事実を突きつけられてもなお、WESTでは、「ロシア経済の落ち込みが小さかったのは、不健全で一時的な軍事需要に支えられているにすぎず、いずれ破綻する」という見方が圧倒的です。しかし、プーチンは「大砲とバター(cannons versus butter:2023.2.21)」という格言を示して、「国防は最優先事項だが、軍備増強のために経済を破壊するという過去の失敗を繰り返してはならない(we should not repeat the mistakes of the past and should not destroy our own economy:2023.2.21)」と釘を刺しつつ、ロシア国内における民間企業の活動が極めて活発であることを強調しています。実際、ロシア企業を全体としてみると瓦解には程遠く(far from being in decline:2023.2.21)、2022年の鉱工業生産は前年を超えましたし、住宅投資や農業は絶好調。優先課題であった失業問題についても、パンデミック前には4.7%であった失業率が3.7%という史上最低の水準に下落するなど良好なパフォーマンスを示しています。事実として、GDP前期比を見ると、4~6月期で下げ止まっており、7~9月期・10~12月期に拡大に転じた後、2023年におけるロシア経済はプラス成長すると見込まれています。

2. 経済制裁に対処するための De-criminalization

ロシア経済は大方の予想を覆す強靭さを示しましたが、「ロシア経済が強靭だった理由」について、プーチンは「中小企業の貢献」を挙げています(private actors, SMEs, played an essential role in these efforts, and we must remember this:2023.2.21)。日本では報じられませんが、プーチンは、経済運営の基本方針として、民間企業の活力を最大限に活用すべく、過度な規制や国家介入を最小限にすることを心掛けてきました(We avoided having to apply excessive regulation or distorting the economy by giving the state a more prominent role:2023.2.21)。WESTによる大掛かりな経済制裁に対して、徹底的な自由化で対処したのです。

ところが、「プーチン=権威主義」「ロシア=統制経済」という色眼鏡で観ているWESTのエコノミストは、プーチンが「経済主権を維持するためには、企業活動の自由が決定的に重要だ(Freedom of enterprise is a vital element of economic sovereignty:2023.2.21)」と明言していることを知りません。プーチンが事あるごとに「経済制裁に耐えることができたのは、民間企業が環境変化に素早く適応して、困難な状況においても経済成長を可能にしてきたからだ(private businesses have proven their ability to quickly adapt to the changing environment and ensure economic growth in difficult conditions:2023.2.21)」と述べていることも知りません。分析する対象を調べもしないで、想像で語っているのです。

それだけに留まらず、プーチンは、「経済行為に関する刑法の規範を見直す必要がある(it is necessary to return to the revision of a number of norms of criminal law as regards the economic elements of crime:2023.2.21)」と明言し、「何でもしてよいわけではないが、経済行為に対する規制は行き過ぎてはいけない(We should not allow an anything-goes attitude here but we should not go too far, either)」と指摘して、当局や議会が民間団体と協議しながら「De-criminalisation(経済行為の非犯罪化)」を進めることを強く要請しているのです。

じつは、「企業活動の自由」を信奉し、「民間企業の活力」を重視するプーチンの基本方針は一貫しています。昨年央の演説でも「企業活動の自由(entrepreneurial freedom)」の重要性に触れ、「ロシア経済が外的環境の変化に対応するには、民間企業の適用力に多くを負っており、経済成長を確実にするためには民間企業の活力に頼るしかない(Private businesses should also be credited for Russia’s adaptation to rapidly changing external conditions. Russia needs to ensure the dynamic development of the economy – naturally, relying on private business:2022.6.17)」と発言。しかも、その演説でプーチンが指摘したのは「企業に対する定期監査の凍結(a moratorium on routine audits of small businesses)と非定期監査の回数減少(the number of unscheduled audits decreased)」という極めて実務的な施策でした。リスクの低い企業活動に関しては監査を廃止し、リスクの高い企業活動のみを監査するという方針も同時に示しました。それだけでなく、規制の乱用や抜け道を最小限にするため、経済行為に関する犯罪を刑法から除外する方向で規制を再構築すべきであると断言。これらの諸政策をプーチンは「De-criminalisation」と称して重視しているわけです(we need to decriminalise a wide range of economic offenses:2022.6.17)。「十分な証拠がないのにプレッシャーをかけるために起訴したり、法益が小さいのに企業経営に大きなダメージを与えるようなことをするな」ということにまで言及しています。

その上で、プーチンは「De-offshorisation(経済の非国際化)」を目指すことの重要性も説いています。ソ連が市場経済に移行した際に、国内投資を疎かにして、資金が海外に流出したという過去の教訓を引き合いに出して、ロシア国内で投資する仕組みを整える必要性を訴えているのです。WESTがロシア市民の資産を没収したという事実を指摘して、「WEST=安全地帯」という幻想(the image of the West as a safe haven for capital was a mirage:2023.2.21)から目覚めよと説き、WESTに居る限りロシア人は「よそ者の2級市民(second class strangers:2023.2.21)」にすぎないという現実を直視して、「ロシアで起業し、ロシアで人を雇い、ロシアで暮すことを考えてほしい」と起業家に語り掛けています。

景気回復局面に入り国内需要が回復していく中で、WESTの撤退によって発生したニッチ市場をチャンスと捉えて挑戦する民間企業が増えていけば、ロシア経済は新規参入者とともに再構築されていきます。すべてがこれまでにないスピードで変化していく中で、すべての挑戦は様々なチャンスへと変貌していくでしょう。そのことに関してプーチンは、「小さな企業でも市場に参加できるようにすることが成功の鍵だ(Enabling Russian companies and small family-run businesses to successfully tap the market is a victory in itself:2023.2.21)」と述べて、「当局間の諍いや無駄な規制、苦情や曖昧な表現、官吏の非常識を無くさなければならない(We must put an end to all interagency conflicts, red tape, grievances, doublespeak, or any other nonsense:2023.2.21)」と説いています。如何にプーチンが民間企業の活力を重要視しているかが窺われます。

3. WESTメディアによる「報道」の信頼性低下

上述したプーチンによる諸施策はロシア国内では周知の事実ですが、WESTのメディアに登場するのは、ロシア経済を丁寧に調査せずに、「プーチン=権威主義」「ロシア=統制経済」という色眼鏡で観ているエコノミストばかり。彼らは、経済制裁が発動された1年前には「ロシア経済はすぐに破綻する」と予言していましたが、その予言が外れたことをおくびにも出さずに、最近では「ロシア経済は10年以内に破綻する」と言い換えるようになりました。きっと来年は「ロシア経済は40年以内に破綻する」と言い出すことでしょう。特にここ1年間の経済論争は、欧米の専門誌であっても、日本のテレビを観ているのかと紛うほど低いレベルのものが目立ち、「ロシア経済は破綻する」という結論ありきの論調ばかりです。narrative ありきの論陣しか張れないのであれば、もはやエコノミストではなく、アジテーターに過ぎません。それなりに名が知られた経済学者の中にもそういう輩が少なくないことに驚かされた1年間でもありました。

WESTメディアが重宝しているシカゴ大学公共政策大学院のソニン教授などはその典型。彼は昨年11月に「経済的破滅への道を歩むロシア」と題した論文を発表し、「戦後のロシアは、キューバと北朝鮮を除けば、世界に例がないほど、政府が民間部門に対して権力を行使する国として残る」とし、「もしもプーチンが権力を失い、後継者が戦後に大改革を実施したとしても、ロシアの民間部門と国民の暮らしが1年前の水準に戻るには、少なくとも10年以上かかるだろう」と結論付けました。先述した「De-criminalization」に一言も触れないのですから、その論文の浅墓さが窺い知れます。それなのに、その論文を有難そうに引用する頭の弱い日本のエコノミストの低いレベルにも呆れ果てます。

WEST の人々は、所詮 WEST のメディアしか観ませんし、WEST 以外の国のことなど気にかけません。WESTメディアで流れている情報が「事実」であり、「真実」なのだという洗脳を知らず知らずのうちに受けているものです。実際、WESTのメディアで、プーチンが行う長時間の演説内容を忠実に紹介することはほとんどありません。自分たちが流しているnarrativeを強化するために、一部だけを切り取って、フレーミング(印象操作)に利用するのが関の山。

しかし、WEST 以外の人々は異なります。WESTメディアが垂れ流す情報に頼り切ることなく、プーチンが演説で発している一言一句を客観的に分析し、プーチンの真意を量ろうとしています。そういう意味で、プーチンの演説は、ロシア国民やWEST に向けて発信しているようで、じつはそうではありません。プーチンは、演説の中で「WEST が如何に非道で独善的で配慮に欠けているか」という事実について具体例を織り交ぜながら繰り返し話しています。愚痴をこぼすわけではなく、怒りに任せた発言でもなく、冷静に淡々と客観性に気を配りながら、極めて論理的に「WESTが支配するUnipolar World」と「プーチンが唱えているMultipolar World」との対比で丁寧に説明しようとしています。

ロシア大統領府は、プーチンの演説内容を骨子としてまとめずに、英語の逐語訳で一言一句のすべてを当日中に公表していますから、プーチンは演説を通じて、WEST以外の人々に対し、「Unipolar World よりも Multipolar World のほうがフェアでベターである」という説得を試みているのでしょう。ロシア経済に関するWESTメディアの報道が大外れであったように、この1年間で、ウクライナの戦況についてもWESTメディアの報道が嘘塗れだったことを、WEST以外の人々は思い知りました。WESTメディアによるプロパガンダは、日本国内はともかくとして、WEST以外ではかなりバレています。WESTメディアの信頼性が堕ちれば、WESTが展開する情報戦も効果が限られるようになっていきます。

4. WEST首脳に対する国際的信用の失墜

WESTメディアの信頼性が揺らぐ中で露見したのが、「ミンスク合意の真実」でした。昨年末、インタビューに応じたメルケル前独首相は「メルケル時代の外交政策は失敗だったのではないか?」との質問に対して、自己弁護するために「ミンスク合意で稼いだ時間のおかげで、ウクライナ軍は強くなった。当時のウクライナ軍のままだったら、とっくの昔にウクライナ軍はロシア軍に蹴散らされていただろう」と述べて、「ミンスク合意がウクライナ軍を増強し強化するための時間稼ぎだった」という裏事情を告白してしまったのです。その後、同じく当事者であったオランド元仏大統領もその事実を認め、当時のウクライナ大統領だったポロシェンコ氏は過去に同様の発言をしていましたから、「ミンスク合意=ロシアを騙すための詐欺」であったことが白日の下に晒されてしまいました。

このメルケル発言に対して、プーチンは「率直に言って驚いているし、失望している。ドイツがウクライナ側の立場で交渉していることは知っていたが、それでも、ドイツは私たちとの信頼関係の中で真摯に対応してくれていると信じていた。すでに信頼はなくなりかけていたが、これで完全に無くなった。信用できない相手とどう交渉すればいいのか?」と述べました。プーチンからすれば、これまでメルケル前独首相は「約束したことを実行できない無能な人」に過ぎなかったわけですが、「確信的に約束を反故にしてきた裏切者」に昇格(?)したことになります。ミンスク合意は、メルケル前独首相だけでなく、フランスの大統領も立ち会った国家間の正式な約束であり、その後、国連の安全保障理事会においても確認された正式な国際条約です。単なる口約束ではありません。

しかし、独仏の首脳による約束は紛い物であり、真っ赤な嘘でした。ロシアと戦わせるために、ウクライナ軍を強化する時間を稼ぎたかっただけだったのです。しかも、その事実が発覚しても、彼らは何も恥じていません(the promises of Western leaders turned out to be a sham and outright lies. They were simply marking time. Now they admit this publicly and openly, and they feel no shame about it:2023.2.21)。要するに、WESTがユーゴスラビアやイラクやリビアやシリアに対して行った「詐欺」と同じ。WEST以外の国々は、名誉や信用や品位という資質を、WESTの首脳たちに期待してはいけないという苦い現実を噛み締めています(This appalling method of deception has been tried and tested many times before. They behaved just as shamelessly and duplicitously when destroying Yugoslavia, Iraq, Libya, and Syria. They will never be able to wash off this shame. The concepts of honour, trust, and decency are not for them:2023.2.21)。

昨年末に、この「ミンスク合意の真実」が露見すると、WEST以外の国々は大騒ぎになりました。というのは、WEST が偉そうに主張している「法による支配」や「国際法の遵守」という大義名分がインチキだということが明々白々になったからです。WEST以外の国々は、自らの体験から薄々感じてはいましたが、本件で「WESTは、大国であるロシアとの間でも約束を守らない。いわんや小国である自国との約束を守るわけがない」という「世知辛い現実」を改めて思い知らされました。要するに、WEST は「詐欺師の集まり」に過ぎす、信頼をベースにした外交など成り立たないという「非情な事実」を突きつけられたのです。

さらに追い打ちを掛けたのが、「ノルドストリーム爆破事件の犯人=バイデン政権」という事実を暴露したSeymour Hershの記事でした。これについても、WEST以外の国々は「ロシアが爆破するインセンティブがない」「ロシアが犯人だったらWESTはもっと騒ぎ立てているはずだ」という自明の論理から薄々感じてはいましたが、詳細にわたって舞台裏を描き切ったHershによる記事の信憑性は極めて高く、「ノルドストリーム爆破事件の犯人=バイデン政権」という見立ては、表立って言い立てる国家はなくとも、国際世論としては完全に定着しました。

ノルドストリーム爆破事件は、米国が「ドイツの友人」ではなく、ドイツを信用しておらず、ドイツの国民の生活や経済がどうなろうと構わないと思っていることを全世界に示しました。ブリンケン米国務長官は、この事件に触れながら、「Tremendous Opportunity(とんでもない好機)」と明言しましたから、無神経にも程があります。辣腕の米外交官として知られたヘンリー・キッシンジャーは、「米国の友人になることは、敵になることよりも危険だ(To be a friend of the United States, that is more dangerous than being an enemy of the United States, because those who are subject to the United States will be better to deal with)」と語っていましたが、この箴言が正しいことが証明されてしまいました。

「ノルドストリーム爆破事件の犯人=バイデン政権」という事実は、「米国は、同盟国に対してさえ、自国の利害のためには攻撃を仕掛ける」という驚愕すべき現実を示しました。軍事同盟を締結し、敵国の攻撃から守ることを約束している同盟国に対してすら攻撃を仕掛ける米国を信用することなど不可能です。WESTの首脳たちの国際的信用は、「ミンスク合意」と「ノルドストリーム爆破事件」で完全に失墜し粉々になりました。WESTの首脳たちは「節度のない嘘」を象徴する存在になり果てたのです(the Western elites have become a symbol of total, unprincipled lies:2023.2.21)。米国を頂点とする「WESTによるUnipolar World」を支持する国々は、事実上WESTだけになってしまいました。

5. WEST以外の国々の覚醒とUnipolar Worldの綻び

WESTの嘘が暴露されるたびに、WEST以外の国々が目覚めていきます。それなのに、WEST の首脳たちは、Unipolar World の時代の価値観や考え方から脱することができません。典型的には、アフリカ諸国に対する接し方に表れています。WESTは、アフリカの国々を「自分たちの所有物」であると未だに思っているので、そういう驕った心情が滲み出てしまいます。そういうWESTのスタンスに反発するアフリカ諸国は、自ずとロシアや中国に接近していきます。つまり、アフリカ諸国をMultipolar World に追いやっているのはWESTなのです。

WEST以外がMultipolar Worldに対する理解を深め、共感を強める中で、WESTを代表する「G7」とWEST以外を代表する「G20」の間で軋轢が深まっていきます。世界のGDPの8割超を占める「G20」は、2008年に起きたリーマン・ショックを契機としてスタート。正式名称は「金融・世界経済に関する首脳会合」なので、「経済」という観点で議論を進めるのが大原則。安全保障上の対立課題を扱わずに、「G7」で決定したことを追認して国際的に周知するという役割をいながら、経済危機対応や、国際的な税をめぐるルール作りに関して一定の成果をあげてきました。しかし、「G20」の議題に「安全保障」が絡んでくると、「G20」が、「G7」の方針に従わないという局面が出てきました。

2022年11月にインドネシアで開催された「G20サミット」における首脳宣言は、激しい対立の中で厳しい交渉が続き、不採択の可能性すら云々される中で、「ウクライナでの戦争についてほとんどの国が強く非難するとともに、人々に多大な苦痛をもたらし世界経済の脆弱性を悪化させた、と強調した」と明記する一方で、ロシアに対する経済制裁やウクライナ情勢については「ほかの見解や異なる評価があった」と記して、WEST以外の国々の主張を反映させ、結果としてロシアの一部の主張が通った形になりました。実際、「G20」には、WESTが主導する対ロシアの経済制裁に参加しない国々が数多く参加しています。

今秋にインドで「G20サミット」が開催されますが、その前哨戦である「G20外相会合」の共同声明は不成立。議長役のインドは、「ウクライナに関する表現」を前回サミットの宣言内容のまま据え置くことで、各国の合意を得ようとしましたが、WESTは「ロシアによる軍事侵攻を『最も強い表現』で非難する」ように要求し、ロシアは反発。中国は「G20の場で政治問題を協議することを望まない」という立場を堅持し反対に回りました。このためインドは、「大半のメンバーはウクライナ戦争を強く非難した」と総括した上で、「現状と対ロシア制裁について他の見解、異なる評価もあった」と指摘して幕引きとしました。

今後、WEST以外の国々において、Multipolar Worldに対する理解や共感が深まってくれば、「G7」と「G20」の軋轢は、一段と深まっていきます。Unipolar Worldが「常識」だったときのように、米国による「鶴の一声」で解決することはなくなり、「G7」の決議など何の役にも立たなくなるでしょう。同じく、国連も威厳を失っていきます。「ノルドストリーム爆破事件を国連として調査すべきだ」というロシアや中国の提案を、国連が一顧だにせず拒絶したことを、WEST以外の国々はしっかりと覚えています。「米国やWESTの犬」にすぎないことがバレた国際組織は、実質的に無視され、徐々に権威を失っていきます。

覚醒したWEST以外の国々が増えていくにつれて、「自分たちを頂点とする支配構造」を維持することを目的として、米国を中心にWEST が長年掛けて巧みに構築してきた諸種の「国際秩序の枠組み」は瓦解する可能性が高まってきました。WESTが振りかざしてきた「正義」が「WESTの利害」の同義語にすぎないことがバレて行けば、現在の秩序は塵芥に帰します。そうなれば、プーチンが予言していたとおり、「最も予測不能で危険で重要な10年間(We are in for probably the most dangerous, unpredictable and at the same time most important decade since the end of World War II:2022.10.27)」が本格的に始まるでしょう。

WESTの「正義」は「利害」の同義語ですから、今回の対ロシア経済制裁ですら「茶番」の要素が散見されます。最強硬派に見える英国ですら、ロシア産原油を輸入し続けていたり、LME(ロンドン貴金属取引所)がロシア産貴金属の取引を再開するなどご都合主義。原油と天然ガスの供給に困窮していない米国は、欧州に対して「ロシア産原油と天然ガスの輸入を止めろ」と強硬に迫りますが、自国では十分に生産することができず、必要量の半分をロシアに依存しているウラニウムについては、ロシア産の禁輸など一切口にしません。WESTが主張する「正義」という代物が、その程度の戯言にすぎないことはもうバレています。

WEST以外の国々がロシアに秋波を送る中で、Unipolar Worldを維持し続けるために米国は藻掻きますが、バイデン政権は、軍事力と経済力にモノを言わせる威圧的な外交しかできません。バイデン政権の独善的なスタンスに嫌気がさした国々が離れていきます。それに怒った米国は「制裁するぞ」と脅しつけますが、それを見た国々がさらに黙って去っていきます。バイデン政権の植民地主義的な気質は、ロシアが主導するMultipolar Worldへの移行を促進しているのです。著名な経済学者であるJeffery Sachsは、「米国は正義の味方のつもりかもしれないが、世界は悪の化身だと思っている」と指摘していますが、米国自身がその事実を猛省して行動を大変革しない限り、いまの流れは変わりそうにありません。

ベルルスコーニ元イタリア首相は、「ロシアはWESTから孤立したが、WESTは世界から孤立した(Russia is isolated from the West, but the West is isolated from the whole world)」と語り、トニー・ブレア元英首相は「西側諸国による政治的・経済的な覇権は終わりを迎えつつある(We are coming to the end of Western political and economic dominance)」と述べました。わがままなバイデン政権の「嘘」や「ダブルスタンダード」に、WEST以外の国々は呆れて疲れ果て、新しい国際秩序を求め始めています。Unipolar WorldからMultipolar Worldへと向かう大きな流れを堰き止めることは極めて困難になっています。

6. Multipolar Worldにおいて外交力を発揮する中国

昨年12月、中国の習近平・国家主席は、サウジアラビアを公式訪問し、GCCサミット(湾岸協力会議)にも参加しました。中国と中東諸国は、互いの内政に干渉せず、核心的利益に絡む国家統合や発展の問題についてお互いに認め合うという「緩やかな相互支持」という関係を維持してきましたが、今回の習近平訪問で公表された「リヤド宣言」においては、一歩踏み込んで、「各国人民が自らの国情に合った民主的発展の道と社会・政治制度を自主的に選択することを尊重」し、「民主主義の維持を口実にした他国への内政干渉に反対する」と強調することにより、WESTによるWEST以外の国々への介入を厳しく批判しています。

ほとんど外遊しない習近平が、ムハンマド皇太子と直談判するためにサウジアラビアを訪問した以上、サウジアラビアが BRICS に参加することは既定路線となったと見るべきです。米国は中東における重要な盟友を失ってしまっただけでなく、産油国全体を敵に回すという致命的な失策を犯しました。昨秋OPECが原油産出量の削減を決定したことを契機に、バイデン政権は「今回の原油減産はロシアを利する敵対行為だ」として激怒し、サウジアラビアを含む産油国に対する報復措置を示唆しましたが、それが最後のひと押しになりました。

中国の外交戦略は、サウジアラビアをBRICSに引き抜くだけにとどまりません。2023年3月10日、中国は、イランとサウジアラビアの外交正常化を仲介しました。宗教上の対立もあり長年の仇敵であった両国の仲を中国が取り持った結果、「BRICS+」が抱えてきた「正式加盟を表明しているイランと、参加希望を寄せるサウジアラビアのどちらを優先するか」という悩ましい問題が解決します。両国を同時に参加させればよいのです。「BRICS+」には、アルゼンチンとイランが正式加盟を要望しているほか、トルコやインドネシアも関心が高いと見られています。「BRICS+」の経済力は「G7」に接近していくでしょう。

「BRICS+」は、経済力だけでなく、国際的な影響力も具備するようになっていきます。今回の「イランとサウジアラビアの外交正常化」というニュースの第一報は、WESTメディアではなく、サウジとイランの国営放送による同時発表でした。「世界のニュースの第一報は、WESTのメディアによって流される」という暗黙の了解を葬り去り、習近平国家主席が全人代で三選した直後に報道するという手の込みよう。中国は、自らの外交力を世界に見せつけたわけです。実際、公表された共同声明は、イランとサウジアラビアの二国間の共同声明ではなく中国を含めた三カ国の共同声明になっており、冒頭には「習近平国家主席の崇高なイニシアティブに応えて」と明記されています。WESTメディアでは、「BRICS+」の露出が少ないのですが、「BRICS+」はそれを逆手に取っていきます。

イラン・サウジアラビア・中国による今回の共同声明で注目されるのは、「主権の尊重と互いの内政への不干渉を強調する」と明記し、他国の主権を尊重せず、内政干渉を続けるWESTに対する強烈なメッセージを練り込んでいることです。イランもサウジアラビアも、人権問題で米国に批判されています。両国を結び付けたのは、「米国という凶暴で強力な共通の敵」だったという見方もできるでしょう。サウジアラビアは、湾岸諸国の盟主であると同時にイスラム国の盟主です。サウジがイランとの外交関係を正常化すれば、他の湾岸諸国も後に続くことになります。スンニ派のサウジアラビアとシーア派のイランの関係が改善されれば、宗派をめぐる中東の争いを解決する余地が拡がり、イエメンやシリアなどにおける紛争を終結させる道筋をつけることができるかもしれません。

2月24日、この共同声明に先立って、中国は、ウクライナ紛争に関する和平の枠組み(「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」)を提案しています。①各国の主権尊重、②冷戦思考の排除、③停戦・戦闘の終了、④和平対話の始動、⑤人道危機の解決、⑥民間人と捕虜の保護、⑦原子力発電所の安全確保、⑧戦略的リスクの減少、⑨食糧の国外輸送の保障、⑩一方的制裁の停止、⑪産業チェーン・サプライチェーンの安定確保、⑫戦後復興の推進という12項目で構成されているのですが、「①各国の主権尊重」という項目では、「国連憲章の趣旨と原則を含む、公認された国際法を厳守し、すべての国の主権、独立、領土の完全性を適切に保証する」「国家は国の規模、強さ、貧富に関わらず平等であり、それぞれが国際関係の基本的な規範を共同で維持し、国際的な公正と正義を守る必要がある」「国際法は平等かつ統一的に適用されるべきであり、ダブルスタンダードを取るべきではない」という文言を盛り込み、「ダブルスタンダード」を濫用するWESTの欺瞞に対して、厳しい非難の眼を向けています。

また、「⑩一方的制裁の停止」という項目では、「一方的な制裁と極度の圧力は、問題を解決できないだけでなく、新たな問題を生み出す」「安全保障理事会の承認を経ていない一方的な制裁に反対する」「関係国は、他国に対する一方的な制裁やロングアーム管轄(域外適用)の乱用をやめ、ウクライナ危機を和らげる役割を果たし、また、発展途上国が経済を発展させ、人々の生活を改善するための条件を作り出すべきである」と説きながら、WESTによる対ロシア経済制裁を猛批判し、Multipolar Worldにおける大原則を書き込みました。中国はこの原則に基づいて、WEST以外の国々に対して働きかけ、「ロシアへの経済制裁・ウクライナへの武器支援・国連でのロシア排除」を主導するWESTを牽制してきましたが、公式にMultipolar Worldの基本哲学を世界に示したことになります。

7. 主権尊重・内政不干渉 vs 主権不尊重・内政干渉

遅かれ早かれ、「BRICS+」は、WEST を凌駕し得る経済圏へと発展していきます。そのプロセスの中で、本来であれば、決して相容れないはずのイランとサウジアラビアとトルコを包含できる枠組と協調関係を構築していけるとすれば、「BRICS+」は経済面での互助組織という存在にとどまらず、地政学的にも重要な役割を果たす国家集団へと変貌していきます。「リヤド宣言」と「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」を土台として推測すれば、「ⓐ主権尊重(=武力で攻め込まない)」「ⓑ内政不干渉(=レジームチェンジに加担しない)」「ⓒ一方的制裁の停止(=経済制裁に参加しない)」という三項目を柱とした実質的な「不戦同盟」を構築する流れにつながっていく可能性すらあります。

「BRICS+」が「主権尊重・内政不干渉・一方的制裁の停止」という旗を掲げたならば、「主権不尊重・内政干渉・一方的制裁の濫用」を恥じることのないWESTに対する強烈なアンチテーゼになります。しかも、「BRICS+」に参加することが、実質的な「不戦同盟」へとつながっていくのであれば、さらに魅力を増すことになるでしょう。WESTが「主権不尊重・内政干渉・一方的制裁の濫用」という現在のスタンスを変えないのであれば、WEST以外の国が雪崩を打って、「BRICS+」への参加を急ぐことになるのかもしれません。ロシアのラブロフ外相は、現時点ですでに12カ国以上が「BRICS+」に関心を示していると発言しています。「ロシアはMultipolar Worldの基本哲学を構築し、中国はMultipolar Worldの中で実力を示す。そしてインドは、BRICS内部だけでなくWESTとの関係においてもバランスを取り、全体の調和を実現する」という三ヶ国が中心になって構築していく「Multipolar World」は、WEST以外の国々にとって、現在WESTが運営しているUnipolar Worldよりも遥かに魅力的に映っています。

今後ロシアは、インドとさらに密接になり、中国とインドの緩衝材としての役割を巧みに果たしていきます。Multipolar Worldの基本哲学に忠実なロシアの存在は、中国の覇権主義に対するインドの懸念を落ち着かせ、「BRICS+」の拡大に対する賛意を取り付けていくことになるでしょう。ロシアは、明確に「Unipolar から Bipolar や Tripolar になるのではない。世界は、各国がequal な立場で相互に敬う Multipolar World に向かう」と断言しており、中国も、本心はともかくとして、その大方針に異を唱えたことはありません。インドは、ロシアがいるから、中国と協調・共生することができ、BRICS はロシアがいるから安定しているのです。ロシアと中国は、対米・反米で歩調を合わせました。WESTがロシアや中国を煽れば、ロシア・中国・インドの3ヶ国は結束を固めます。そして、Unipolar World から Multipolar World へと世界は大きく動いていきます。

Multipolar Worldの基本哲学を世界に対して説き続けているプーチンは、「各々の文化や伝統を認め合い、各国が同等に扱われるMultipolar Worldを目指すべきだ」と公言しており、「ロシアは、他国に干渉するつもりも、米国の代わりに覇権国になるつもりもない(Russia does not interfere in such matters and has no intention of doing so. Unlike the West, we mind our own business.・・・Russia will not become a new hegemon ourselves. Russia is not suggesting replacing a unipolar world with a bipolar, tripolar or other dominating order:2022.10.27)」と宣言。「俺の言うとおりにやれ!(issuing commands such as “do as I do” or “be like us.”:2022.10.27)」と命令する米国主導のUnipolar Worldとの違いは明確です。WEST以外の国々は自ずとMultipolar Worldを選択していくでしょう。

8. ペトロダラー制度とBRICSバスケット通貨

国際的な金本位制が崩壊した後、米国とサウジアラビアの間で1974年に構築された「ペトロダラー制度の枠組み」は、下記の合意内容で成り立っていました。
① 米国は、サウジアラビアから原油を購入し続ける。
② 米国は、サウジアラビアに対して、軍事支援及び兵器の提供を行う。
③ サウジアラビアは、原油の支払通貨として、米ドルを指定する。
④ サウジアラビアは、原油代金の余剰金で米国債を購入する。
今後、サウジアラビアが原油の支払通貨として、中国人民元などの米ドル以外の通貨を広く認めることを通じて、この枠組みが崩れていくと、早晩、米国による経済覇権は瓦解していくことになります。サウジアラビアが「BRICS+」に参加する方向が既定事実として固まった以上、「ペトロダラー制度の枠組み」は風前の灯火という状態に陥ったと見るべきでしょう。

この件に関しては、今年1月17日、サウジアラビアの財務相が「ドルやユーロ、もしくはサウジ・リヤルであろうと貿易決済方法について協議することに問題はない。我々が世界の貿易改善に寄与する議論を拒んだり、除外したりしているとは考えていない」と発言し、「ドル以外での通貨による支払を拒まない(Open to Settling Trade in Other Currencies)」という基本スタンスを明らかにしています。条件が折り合えば、「ペトロダラー制度の枠組み」にはこだわらないことを対外的に表明したわけですから、他の通貨による原油代金支払に関して、原油購入先からの提案を待っている状態であることを意味します。

事実として、WEST以外の国においては「ドル経済圏のリスクをどうやって防ぐか?」ということが最重要課題になっています。ドル資産を保有するのは危険であり、米国の監視下にあるSWIFTを使うことはリスキーだという共通認識の下で、世界各国はDe-dollarizationへと向かっています。すでに39ヵ国で「脱ドル化」が取り組まれているという見方もあります。いまはまだ「世界の2割」にすぎませんが、近い将来、その割合が高まっていくことは間違いありません。WEST以外の当局者は「米ドルは Toxic Currency(毒性のある通貨)だ」と語るようになりました。この発言は「いつ封鎖・凍結・窃取されるかわからないから、リスキーすぎて保有し続けられない」ということを意味しています。米国政府は、基軸通貨であるドルを「武器」としてしばしば活用(weaponization)してきましたが、そのやり方が「基軸通貨」としての地位を脅かしています。

ロシアは、自前のSPFSと中国のCIPSを活用して、SWIFTを介さないで人民元取引ができるシステムを構築。小口決済にはMIRシステムを提供しています。さらに、2015年から準備してきた国際決済システム「Astrasend」をスタートするなど準備万端。米ドル以外での取引を積極的に推進しており、中国がロシア産の天然ガスを購入する際には、人民元50%とルーブル50%で支払わせています。トルコはロシア産の天然ガスの代金の25%をルーブルで支払。ロシアは、インドやベラルーシ、カザフスタン、ウズベキスタンなどとの間でも、現地通貨か人民元建てでの決済を行っています。こうした努力の結果、ロシアが保有する米国債は2010年時点で1763億ドルで、外貨準備金の約40%を占めていましたが、2022年7月には20億ドルにまで激減しました。この間、インドの企業では、ロシア産石炭を中国人民元で仕入れたり、ロシア産原油をUAE ディルハムで購入する試みが始まりました。イランのバンキングシステムは、ロシアの銀行システムと統合する方向で協議が進んでおり、ブラジルとアルゼンチンは、共通通貨を創る試みを開始しています。WESTの一角であるオーストラリアでも、中国に対する石炭輸出で中国人民元での支払を認めたという報道がありました。

ユーラシア大陸を中心に湧き起った De-dallorization の波は、ラテンアメリカを呑みこみ、アフリカ大陸に押し寄せています。いずれ米国は、米ドルをToxic Currencyに変えてしまう契機となった「ロシア中央銀行預金の凍結」を深く後悔することになるでしょう。とはいえ、世界の中央銀行の外貨準備に占める米ドルの割合は59.8%(2022年9月末)。ドル高で他通貨が減価したため、2021年末から1%ポイント弱回復しました。1970年代に85%もあった面影はないとはいえ、ユーロ(2位・19.7%)や日本円(3位・5.3%)、英ポンド(4位・4.6%)とは比較になりません。メディアで時折チヤホヤされる中国人民元(5位・2.8%)も、80以上の国で準備通貨に組み込まれたとはいえ、まだまだ「ドルのライバル」とは言えません。中国は、資本の自由化に消極的ですから、現時点において、中国人民元がドルに代わる基軸通貨になると予測するのはかなり無理があります。中国人民元ですらそういう現状なのですから、ロシアルーブルやインドルピーが国際的な取引でマーケットを席巻すると考えるのは非現実的でしょう。

しかし、だからこそ、中国やロシアは、「BRICSバスケット通貨」に真剣に取り組んでいるわけです。「交換手段・価値基準・価値貯蔵」という機能を果たすことのできる国際通貨である「BRICSバスケット通貨」を創設したいと心から願っています。その「BRICS バスケット通貨」は、今年8月に開催される「BRICSサミット」でお披露目されると見られています。「BRICSバスケット通貨」が実際に登場すれば、サウジアラビアだけでなく、湾岸諸国、イラン、ロシアという原油輸出国が、交換手段として「BRICSバスケット通貨」を指定するという流れができます。「BRICSバスケット通貨」は「ペトロダラー制度」を葬り去る最後の一撃であり、現在の国際金融秩序を根底から覆しかねない劇薬です。結果的に、米ドルの経済覇権・金融覇権・通貨覇権が崩壊することになれば、米国は莫大な財政赤字を支えきれなくなり、世界最大の軍事力を維持し続けることが困難化するでしょう。世界の国際秩序は大きく書き換えられることになります。

無論、現時点の覇者である米国としては、「米ドルによる世界覇権」を絶対に失うわけにはいきません。だからこそ、米国は、「BRICSバスケット通貨」を創設し運用するというBRICSの試みを徹底的に邪魔し、阻害し、攻撃を仕掛けてくるでしょう。合法であるか非合法であるかを問わず、あらゆる手段を駆使するに違いありません。「ペトロダラー制度」の近未来を左右するサウジアラビアに関して言えば、米国は、ムハンマド皇太子の失脚を試みるでしょうし、暗殺に動く可能性すら否定できません。今後の国際情勢は、きな臭い舞台裏を含めて、極めて不安定で流動的になる可能性があります。しかし、Unipolar World に愛想を尽かしたWEST以外の国々は、BRICS による画期的な一歩を待っています。



【読む・観る・理解を深める】
【今後のロシア経済を予測する際の留意点①】 プーチンが仕掛ける「SWIFT 2.0」
【今後のロシア経済を予測する際の留意点②】プーチンが仕掛ける「ルーブル金本位制」
【今後のロシア経済を予測する際の留意点③】「unipolar」vs「multipolar」の戦いの行方
【今後のロシア経済を予測する際の留意点④】「AEZ+SWIFT 2.0」が本格的に台頭する
【今後のロシア経済を予測する際の留意点⑤】「新冷戦」の勃発と「ドル本位制」の終焉
【今後の国際経済を予測する際の留意点①】「WESTの稚拙」vs「BRICSの智略」の勝敗
【今後の国際経済を予測する際の留意点②】「ペロシ米下院議長による台湾訪問」の帰結
【今後の国際経済を予測する際の留意点③】「OPEC+」と「上海協力機構」における決断
今後の国際経済を予測する際の留意点⑤】内政不干渉のBRICSと主権不尊重のWEST
➡ The Bretton Woods 3:国際金融システムが大変革する!