【今後の国際経済を予測する際の留意点②】(2022.8.8)
*「ペロシ米下院議長による台湾訪問」の帰結
「ロシア軍圧勝」という事実を隠蔽することは困難になってきました。「情報戦」で優位な米英もウクライナ軍の敗勢を隠し切れなくなってきています。それどころか、人権団体のアムネスティ・インターナショナルがウクライナ軍による戦争犯罪を糾弾する文書を公開するなど、「ウクライナ支援一辺倒」であった米英メディアの論調は明らかに変調しました。米英の上層部は、自分たちが垂れ流したnarrativeどおりに戦争が終結しなかった場合に備えて、すべてをゼレンスキーの責任に転嫁するために布石を打ち始めたと見る専門家も増えています。
エネルギーや食糧を中心にした物価水準の高騰によって、EU諸国の経済と社会は大きくダメージを受けており、ロシアに対する経済制裁を強化する余裕は完全になくなっています。米国に対して言い訳できるように、ロシアに対する強硬姿勢自体は表向き変更していませんが、経済制裁の内容自体は静かに緩和方向へと転じています。そんな中、中国からの警告を無視して、ペロシ米下院議長が台湾に訪問したため、ロシアと中国の結束は今後これまで以上に強くなり、ロシアは欧州向けの資源をアジアに振り向ける決意を固めたと見られます。
こうした状況下、世界の経済は、①Alternative Economic Zone(AEZ=代替経済圏)の拡大と②De-Dollarization(脱ドル化)という二つの潮流の中で、③西側諸国(WEST)を頂点とするUnipolar WorldからMultipolar Worldへと移行しつつあります。この拙論では、ペロシによる台湾訪問が、①②③の流れを加速し、WESTのUnipolar Worldを脆弱化させている点を中心に解説します。
1. ペロシ米下院議長による台湾訪問
8月2日、ナンシー・ペロシ米下院議長は、中国からの再三の警告を無視して、台湾を訪問しました。枝葉末節はさておき、今回の訪台で、中国は「米国は台湾を独立させる魂胆だ」という「読み」を「確信」に変貌させたと思われます。この状況は、ロシアが「米国はウクライナをNATOに入れる魂胆だ」という確信を抱いた2021年と同じと思った方がよいのかもしれません。公衆の面前で面子を潰された中国が、今後、この「確信」を揺るがせることはないでしょう。ロシアが欧米に対して拭い難い不信感を抱き、「二度と信用しない」ことを誓ったように、今回の件で中国は、米国に対して拭い難い不信感を抱き、「二度と信用しない」ことを誓いました。復旧することはないと見た方がよいと思われます。
習近平の心中を慮れば、楽観的に観ても、2014年のマイダン革命時点のプーチン以上の怒りが渦巻いていると思われます。中国は、欧米を除くAEZの構築を急ぎ、本格的な対立に備えるはずです。「中国にとって、米国はロシアの10倍以上の得意客だから、これ以上ロシアを支援することはない」と解説する専門家は少なくありませんが、今後中国は、ロシアと一層緊密になり、インドとも和平を維持し、来たるべき米国との対決のために全力を傾けるでしょう。あたかも、プーチンが、この8年間準備してきたように、臥薪嘗胆すると考えられます。
長期的な選択肢としては、中国が米国に対して三行半を突きつけて、「米国向け輸出を禁止する」という可能性だって、決して「ゼロ」ではありません。米国だけでなく、同盟国の日本を含んで禁輸対象にする場合だってあるでしょう。世界の工場になった「中国」が輸出禁止の措置を講じると大きなインパクトがあります。欧米のインフレをさらに深刻化させ、各国の政権に大きなダメージを与えかねません。「おカネ儲け」は大事です。しかし「国家として譲れない一線」を超えたとき、国家にとって「おカネ儲け」は二次的なものになります。中国は元々覇権的な国でしたが、これまでは、米国を刺激しないように配慮してきた面がありました。これからは、間違いなく、配慮なしに剥き出しの対立が起こります。
ペロシ米下院議長の台湾訪問が、中国と米国の決定的な離反につながると見たロシアは、間髪を入れず「中国と共に米国と戦う」という強い意志を表明するとともに、「2014年のマイダン革命前後から、ウクライナの背後で米国が関与・暗躍しており、今回の戦争を引き起こした張本人である」と世界に対して公言しました。少なからぬ事情通は前々から知っていた事柄ながら、米露直接の対決となるため、ロシアの高官があからさまに公言することはありませんでした。これはロシアの対米国の外交政策上、大きな転換を意味します。つまり、これまでひそひそと語られていた「ビクトリア・ヌーランドらが関与したとする陰謀説」から「米国による内政干渉」へと一足飛びに昇格させたわけで、今後、「米国が戦争を仕掛けた」という主張をロシアが取り下げる可能性はほぼないと思われます。
そもそも、今回のペロシの台湾訪問は米国の常套手段。台湾問題で中国を煽りたいけれど、核保有国同士が直接対決することは避けながら、台湾や日本を前線で戦わせるという代理戦争がベスト。だから、ブリンケン国務長官やオースティン国防長官ではなくて、閣僚ではないが大統領継承権第2位のペロシ下院議長がちょうどいい。そして、表向き、バイデン政権は最後まで反対したという形をとる ―― そういう姑息な計算が見え見えです。東京にバイデンが来たときも、「米軍は台湾を守る」と断言しながら、ホワイトハウスで火消しをしました。
もし、米国が中国の脅威から台湾を本気で守りたいのであれば、ウクライナ戦争の決着がついていないのに、ロシアと中国を結束させるような火種を自ら作りに行くはずがありません。この時期に米国が台湾問題でわざわざ中国を煽る理由は、①中間選挙のためのパフォーマンスか、②失敗したウクライナから目を逸らしたいのか、③スポンサーである軍産複合体がウクライナ以外で戦争を起こしたいのか、のいずれかであるとしか思われません。あまりにも愚かな策です。
2. 「不戦同盟」としてのBRICS
今回のペロシによる台湾訪問で、ロシアと中国は分かち難い盟友になりました。ロシアは、欧米と完全に手を切り、中国と共に WEST 以外の世界各国を引き入れて、米国が頂点に君臨する Unipolar World から Multipolar World へのビッグシフトを本格化させていきます。その際には、各国から注目が集まっているBRICSを重要な中核と位置付けるために、インドを深く取り込んでいく必要が高まるでしょう。このため、中国とインドの間の国境問題を取り除くことは、ロシアにとっても重要課題になってきます。米国と対峙する中国においても、インドとの友好関係を維持することは、極めて重要な外交課題になるはずです。
そうなると、プーチンの次の手は、ロシア・中国・インド間の「不戦条約」なのかもしれません。中国とインドは今も国境で争っていますが、BRICS の中核を担う中国とインドの不協和点を放置しておくことは得策ではありません。元々、ロシアと中国の間では歴史的に根深い国境問題がありました。そういう懸念をお互いに払拭しておくためにも、ロシア・中国・インドの3国間で「一定期間の不戦条約」を締結することは、3ヶ国にとって悪い話ではないはずです。特に、これから米国との戦いに臨む中国からすれば、自国の背後で隣接するロシア・インド両国と「不戦条約」を結ぶ意義はこれまで以上に高まったと言えます。
インドは、米日豪印で構成される QUAD に参加しているとはいえ、「非同盟主義」という国是を重視し、QUAD を「軍事同盟」とは捉えていません。あくまでも「対話のための受け皿」という位置づけです。ロシアは、この QUAD に楔を打つべく、露中印の不戦条約の締結を提案 ―― 互いに守る「軍事同盟」ではなく、互いに攻撃しない「不戦条約」というのがポイントです。「不戦条約」がダメなら「不戦の誓い」でもよい。とにかく、中国とインドの間の国境紛争を、当分の間、棚上げして、双方ともに「主張せず・攻撃せず・侵攻せず」という合意を速やかに成立させるのです。互いに戦わないことを宣言する「不戦の誓い」であれば、インドの「非同盟主義」ともうまく折り合いをつけられるはずです。
上記3ヶ国の間で「不戦条約」が締結できれば、この「不戦同盟(不戦の誓い)」を「BRICS の基本原則」へと昇華させることも可能です。現在、BRICS は「非干渉・平等・相互利益」を掲げ、「Multipolar World」をビジョンとして示していますが、「同盟」や「国家連合」ではなく「単なる経済的な括り」にすぎません。それを「同盟」や「国家連合」というレベルに格上げするには、「目指す概念」だけでなく、もう少し具体的な「行動指針」や「メリット」が必要です。例えば、下記の3点を「BRICS の基本原則(誓い)」に定めるということも考えられます。
① BRICS加盟国は、加盟国間における問題解決のために軍事的手段を用いない
② BRICS加盟国は、加盟国におけるレジーム・チェンジの謀略等に加担しない
③ BRICS加盟国は、加盟国に対する経済制裁を行わず勧誘されても参加しない
―― 上記に違反した BRICS加盟国は、BRICSを除名される
ロシアや中国やインドが「BRICS+」の受け皿として活用している「上海協力機構」は「国境に関する安全保障」を主目的とした組織でしたが、今は「テロリズム・分離主義・過激主義」に対抗することを目的に、テロ対策共同訓練や「平和への使命」という名称の共同軍事演習を行うなど、「安全保障」の概念を広げつつあります。上海協力機構では、2007年に、テロ組織や分離独立運動など加盟国に脅威を与える勢力に協力して対抗する「長期善隣友好協力条約」を締結していますから、上記3原則に関する反対意見は少ないと思われます。
上記3条件は「正当な理由なく軍事的手段を多用し、嫌いな国のレジーム・チェンジを企て、気に入らなければ経済制裁するWEST(特に米国)」への強烈な批判(あてこすり)です。しかし、この3条件が明確に示され、「これが Multipolar Worldを目指すBRICSの基本原則だ」ということになれば、この旗の下に参集する国々はあっという間に増えると思われます。BRICS は事実上の「不戦同盟」を構成するようになり、「自国の安全保障のためにも加盟した方が得」ということになります。何と言っても「加盟するデメリット」がないというのがミソ。
こうなると、BRICSというAEZは「西側から経済制裁された場合のセーフティネット」という「経済同盟」を超えた存在になってきます。米国から軍事的な脅威を感じている国やレジーム・チェンジを求められたり、経済制裁されている国は、BRICS という「不戦同盟」に加盟して、米国による不当な内政干渉を訴え、加盟国に協力を求めることもできるようになるでしょう。BRICSという「不戦同盟」は「戦争・レジームチェンジ・経済制裁」という「3つの悪」に対抗する国々の集まりとして ―― そして「米国を中核とするWEST」に対抗する勢力として ―― 国際社会でも大きな発言力を持つようになっていきます。
上記のシナリオは、あくまでも、インドを軸にして想定されるひとつの可能性に過ぎません。しかし、米国を頂点としたUnipolar WorldがMultipolar Worldに移行していくことは今や不可避であり、現在の国際秩序が大きく再編成されていくことだけは間違いありません。しかしながら、ウクライナ侵攻の前に、プーチンが上記のシナリオまでも読み込んで密かに準備していたとすれば、今回のペロシによる台湾訪問のように「出たとこ勝負で煽る」という仕掛けを繰り返しているバイデン政権では太刀打ちできるとは思えません。
3. 経済規模と軍事力の差異
とはいえ、BRICSが「不戦同盟」を掲げたところで、「圧倒的な米国の軍事力の前では無力だ」という意見は少なくないと思います。しかし、それは「GDPという尺度で図られる経済規模」と「戦場における勝敗を決する軍事力」を同一視した誤った議論です。例えば、ロシアがウクライナに侵攻した直後には、GDP の規模を参考にして、「ロシアは戦争を継続する経済力がない」とか「ロシアはミサイルが製造できなくなる」などと予想していた専門家と名乗る方が大勢いました。そういう人たちは、GDP という統計が、仮定の数値を積み上げただけの歪んだデータの集計値にすぎず、それぞれの国の実力や経済力や戦争継続力を表すものではないという当たり前の常識を身に付けていません。
簡単な事例で説明しましょう。10ドルの原価で製造した服があるとします。米国では、監修者として有名なデザイナーを配し、お洒落な店舗で、素敵な包装を施して、巧みな広告を大量に流して、ブランド価値を付加して100ドルで売るでしょう。その一方、ロシアでは、街の小売店でハンガーに吊ったまま15ドルで売るかもしれません。GDPという統計数値でいえば、米国は90~100ドルで、ロシアは5~15ドルになります。米国の方がロシアよりもカネ儲けが上手いということは明らかです。しかし、製造した服自体にそれほどの差はありません。
上記の事例を理解すれば、兵器の性能や製造力や供給力をGDPで計測することがミスリーディングであることはよくわかるはずです。同じ服でもGDPは6~7倍も違い得ます。余計な間接費が発生する場合は10倍以上異なってもおかしくはありません。重要なのは、付加価値で儲けることではなく、その兵器を何基製造できるか、速く製造できるか、低コストで生産できるか、性能はどうか、という点であって、「兵器を売ってどれだけ儲けられるか?」は戦力の差異にはならないからです。むしろ、兵器ビジネスの巧さはコストパフォーマンスを劣化させるので、兵器の製造においてマイナスに働くと見た方がよいでしょう。
米国が1隻30億ドルで製造する特定の潜水艦を例にとってみましょう。ロシアは同等以上の能力を持つ潜水艦を1隻10億ドルで製造しています。要するに、3分の1の価格で製造できるわけです。したがって、同じ予算であれば3倍作れる計算になります。より性能の高い機種を例に挙げると、ロシアは7~8分の1の価格で製造できるといいます。つまり、ロシアは儲けるのは下手かもしれないのですが、低コストでの製造という点では、圧倒的に米国に優っているのです。
兵器等の生産の基盤になる鉄鋼の生産量で観れば、ロシアは米国の9割程度の生産能力であり、他の素材では米国を上回っている場合もあります。確かにロシアは、GDPの規模では圧倒的に米国に負けているでしょう。しかし、戦場で日々消費される兵器の製造力については、GDP の規模で予測すると大きく間違う場合があるわけです。現にいまもロシア軍は毎日ウクライナ軍の15~20倍の砲撃を続けていますが、米国におけるジャブリンの生産は一向に間に合いません。
軍事の専門家であれば、こんなことは明らかなはずなのですが、軍事予算の規模や GDPの多寡だけで「軍事力」を語る方々があまりにも多いので呆れます。そういう意味では、日本でいま話題になっている「防衛費をGDPの2%にする」などという議論も本質論ではありません。そんなくだらない議論をしている暇があったら、せめて自衛隊員が演習で使った薬莢を一々拾いに行かなくてもよいくらいの予算措置をまず講じるべきでしょう。あまりにも可哀そうです。
上記の理屈が理解できれば、「GDPや国防予算が少ないことで、ロシア軍は弱い」と結論付けてはいけないという当たり前のことがわかると同時に、「GDPや国防予算が多いことで、米軍は強い」と結論付けてはならないという当たり前のことが理解できます。実際、米軍に従事した経験のある元軍人(Richard Black・Douglas MacGregor・Max Von Schuler-Kobayashi等)は、「米軍は、クリティカル・レース・セオリー(白人は生まれながらに原罪を背負っている)を採用したことによって優秀な白人が入隊しなくなり、ワクチンの義務化を切っ掛けに退役する兵隊が多数に上っているため、内部から脆弱化している。そもそも、代理戦争ではなく、本格的に米軍が関与して完勝したケースは、第二次世界大戦以降ない。ベトナム戦争やアフガニスタン戦争を観ればよい」と明言しています。
実際、今回のウクライナ戦争では、ロシア軍は15~20万人しか兵力がいないにもかかわらず、旧式の兵器による圧倒的な火力と巧みな戦略・戦術を駆使して、100万人は超えているはずのウクライナ軍を着実に撃破し、結果的にドンバス地域と南部の一部を実効支配しています。GDPのような経済規模で軍事力を語ることがミスリーディングであることだけは間違いありません。
4. Unipolar World の「終わり」の始まり
今回のペロシによる台湾訪問で、Unipolar World は「終わり」が始まりました。それは、ロシアと中国という世界を代表する二大大国が、「国際秩序の頂点で君臨してきたWESTと断固として戦う」ことを決断しただけでなく、「WESTから切り離された経済圏」を構築することを固く決意したからです。この二大大国は、BRICSという経済圏をすでに形成しています。そして、BRICSに加盟したいという国々は増えています。この事実に鑑みれば、高い期待値が窺い知れます。
これまで、米国に睨まれることを恐れて、遺憾ながらも従うふりをしていた国々は、ロシアと中国が構築する「新しい世界(AEZ+不戦同盟)」に参加することを選択肢として、真剣に検討することになります。WESTの偽善とダブルスタンダードに付き合わない国々は増えていくでしょう。つまり、「WEST がロシアや中国を孤立させる」のではなく、これからは「ロシアや中国がWESTを孤立させる」という新世界がやってきます。しかし、WESTのリーダーたちは、「自分たちが常に優位だ」と勘違いしていますから、対処は遅れると見込まれます。
バイデン政権の外交は巧みではありません。「圧倒的な軍事力と経済力にモノを言わせて、強権的に展開する外交しかできない」という評価もあります。相手国の複雑な事情を理解した上での交渉ではなく、米国の国益を押し付けるだけなので説得性に欠けています。例えば、ヒラリー・クリントンが国務長官のときには、メキシコに対して「エネルギー企業を民営化しろ」と要求しておきながら、今では「民営化を止めろ」と掌を返しています。米国は忘れていても、相手国は絶対に忘れません。だから、7月半ばのサウジアラビアへの訪問で、バイデンは何も得られず、プーチンに完敗しました。中南米でも、アフリカでも、状況は同じように見えます。頼りになるのは、米国の言うことを何でも聞いてくれる欧州と日本だけですが、欧州はボロボロになって役に立たなくなりつつあります。
そんな中、バイデン政権は台湾有事を煽り、欧州ではコソボを焚きつけています。ウクライナの次の戦場を探しているかのようです。WESTの頂点に鎮座して国際秩序を守るべき立場の国がヤクザのように紛争の火種を作っているさまを見て、Unipolar Worldに憧れる国はないでしょう。7月31日、武装勢力アルカイダの指導者アルザワヒリ氏をアフガニスタンの首都カブールで殺害し、バイデンは「正義をもたらした」と中間選挙向けにアピールしましたが、テレビの視聴者はともかくとして、アルカイダを育て、武器と資金と訓練を与えて鍛え、各地の戦場で活用したのは米国だということを各国の外交官は知っています。こんなやり方を続けていれば、世界各国からソッポを向かれてしまいかねません。
じつのところ、そうした卑劣なやり方は、国民にもバレているのでしょう。米国でテレビ報道を信用している人は46%(1993年)から11%(2022年)に落ちました。新聞記事を信用している人も51%(1980年)から16%(2022年)への転落です。そんな中、ロシアのRTやSPUTNIKというメディアがラテンアメリカ向けにスペイン語の報道を開始します。元々、キューバ、ベネズエラ、コロンビア、メキシコ、ブラジルなどはロシアとの関係強化を歓迎していますから、ますます米国主導のUnipolar Worldを維持することは難しくなっていきます。
5. EU諸国の苦難と悲鳴
7月23日、ハンガリーのオルバン首相は、「WESTの経済戦略は、まるでタイヤが4輪ともパンクしている自動車のようだ(a car with flat tires on all four wheels)」と公言しましたが、欧州の経済政策は完全に破綻しています。「安くて便利で安定的なロシア産ガスを代替するものはない」という事実を知りながら、「何かあるに違いない」「プーチンは失脚するに違いない」という根拠のない一縷の望みに、自国の社会経済と自国民の生活を託してしまいました。
2ヶ月前までは「カタールからLNGを輸入するから大丈夫だ」という話もありましたが、カタールは「スポット市場でウチのLNGを買ってくれ」というだけで、欧州各国はバカ高いLNGを買わされる羽目に陥っています。一部で「救世主」と期待されたアゼルバイジャンの天然ガスも、現時点ではあまり頼りにはならなさそうです。エネルギー自給率100%を誇っていたデンマークですら、北海油田における天然ガス採掘でトラブルがあり、ガス不足問題が他人事ではなくなってきました。欧州各国では、冬の到来を控えて、なりふり構ってはいられない状況になっています。そういう中、フランスは、UAE 経由でロシア産原油を間接輸入するなどの「制裁逃れ」をしているのではないかと噂されています。
ところが、EUの官僚たちは、相変わらず「机上の空論」を振り回すだけです。最近では、「EU 各国がガスの利用を15%節約して、余剰となったガスを EU 全体でシェアする」というエネルギー政策を打ち出しましたが、スペインとポルトガルとギリシャは遂に反旗を翻しました。最終的には妥協に妥協を重ねて合意に至りましたが、「政策」というよりは「茶番」です。「さあ、皆で自発的に最大限努力できる範囲内で、ガスの使用を15%節約することを考えてみようじゃないか! そんなに無理をしなくてもいい。特例的な抜け穴もたくさん設けたから心配するな。しかし、私たちは合意にこぎつけた。これが欧州の団結力だ!」という学芸会並みの演劇に易々と騙される観客はほとんどいません。
経済の悪化は社会の不安を産み、政治を動揺させます。欧州では、すでに、エストニア、ブルガリア、英国、イタリアが政権交代に追い込まれました。この冬には、ガス代が3倍に跳ね上がるとも予想されています。ガス代や電気代が2~3倍になっても文句を言わない国民はいません。こうした中、イタリアでは、9月の選挙で選ばれる首相は「親ロシア」に転じるとも報じられています。ロシアに対する経済制裁は、欧州各国の国民生活を大きく疲弊させているのです。ドイツでは、ガス不足で工場が休業しています。シャワーや食器洗いで温水は使えません。火葬ができなくなるとも言われています。ショルツ独首相は、「ウクライナが敗けている」ということを知りながら、「ロシアは勝てない」という前言を撤回することができず、ロシアに対する経済制裁を巧みに大幅緩和することができずに、自国を最悪のエネルギー危機に陥らせています。政権維持は難しいかもしれません。隣国のオーストリアは、ロシア産ガスの必要性を訴え始めました。
米英の諜報機関は、「WESTが一斉に経済制裁をすればロシア経済は崩壊し、戦争は短期で終わる」という予測を提示して、欧州を巻き込みましたが、ロシア経済は崩壊せず、逆に欧州の経済と社会が崩壊しつつあります。米英は、欧州からの非難をかわすために、「もう少しでロシア経済は崩壊する。もう少しだ。実際、戦場でもウクライナ軍が反攻に転じている」と苦し紛れの説明することを目的に、ゼレンスキー大統領に命じて、局所的で一時的な反攻状況を創り出しては、「ほらもうすぐだから、このまま頑張れ」と言い張る「茶番」を続けています。無理な戦闘を強いられるウクライナ軍は兵力を削られます。しかも、その戦闘は、大局的な戦況とは何ら関係がないため、無駄死にが増えているだけです。
欧州各国は、何のためにロシアと戦っているのか、わからなくなっているのではないでしょうか。ネオナチやドンバス内戦の実態は知っていたはずです。「民主主義を守る」という大義もウクライナが民主主義ではないので説得力がありません。元々欧州で最も腐敗していた国です。送った兵器類が闇市場で捌かれて、新兵器が敵国であるはずのロシアに売られるというていたらくです。そんな中、EUは、ウクライナへの兵器の送付に後向きになり、ロシアとの食糧取引については、経済制裁の項目から除外するなど、実質的な制裁緩和に乗り出しています。遅かれ早かれエネルギーの輸入についても何らかの緩和策を打ち出すでしょう。
そんな中、事情通の間では、無理筋で問題が多い「Global Prices Cap」を強引に導入する代わりに、ロシア産原油の禁輸を実質的に解除するつもりなのではないか、という読みが共有されつつあります。つまり、「Global Prices Cap」という概念は導入するものの、実際の制度には抜け穴を数多く潜ませて、正々堂々とロシア産原油を輸入できるようにする、という筋書きです。そうすれば、エネルギー危機はかなり緩和されるはずです。先ほどの「天然ガス15%節約政策」と相通じる話ですが、これなども「政策」ではなく「茶番」です。
そういう中、欧州では、懸念されてきた移民問題が大ごとになりつつあります。ラトビアでは、ウクライナ避難民に対する補助金を打ち切り、新規受け入れをストップしました。いずれ各国でもそうなるでしょう。そのウクライナ避難民の問題に加え、どさくさに紛れて EU への入国を図る経済移民たちが問題をややこしくしています。ウクライナからは受け入れて、アフガニスタンやベラルーシからは受け入れないという差別が物議を醸しており、その中で本当の難民たちが置き去りにされて、庇護もなく死んでいます。EUの官僚たちはキレイごとを言い、国境を護る国々は「だったらお前が対応しろ!」と詰め寄る ―― エネルギー問題でバラバラになりそうな EU は、難民問題で解体するのかもしれません。
6. ロシア経済に関する「情報戦」と実態
実際の戦場でも、経済戦争でも、劣勢になっていることを自覚した米国は、得意の「情報戦」で失地回復を図っています。イエール大学のソネンフェルド教授が率いるチームが8月2日に公表した「Business Retreats and Sanctions Are Crippling the Russian Economy」という報告書はその一例です。「制裁によって事業が困難に陥っているだけでなく、あらゆる分野でロシア経済は徹底的に打撃を受けている。ロシア国内の経済は事業損失、製品および人材の損失を代替する力がないため、完全に止まっている状態になっている」という結論なのですが、「ロシアの統計は嘘である」と断じて、ヒアリングや非公式のデータなどを基に推計しており、「ロシアで営業していた1,000社あまりの外国企業が営業を中止しており、これは500万人の雇用に影響を与えたと推定される。産業生産力は急減し、消費は年に15~20%ほど落ちた」などと断言しています。
無論、ロシア経済にダメージがないはずはなく、部品の代替に苦難している自動車産業や航空機産業は、大幅な減産に直面していますし、AT車をマニュアルに変えるなど旧式モデルへと変更したり、エアバッグが実装されてない車種もあります。2022年のGDPがマイナス値になることはロシア自身が認めていますし、厳しい経済後退に見舞われていること自体は否定できないでしょう。個人的には「ロシア経済は、経済制裁でダメージは受けるが、崩壊することはない」と分析するのがフェアだと思います。ソネンフェルド教授のように、スポンサーから与えられた結論ありきの報告書では「情報戦」で使う弾としては脆弱です。
ソネンフェルド教授らの結論は、「ロシア経済は言われているほど強靭ではない。なぜなら、ロシアの統計はすべて嘘っぱちだからだ」という主張にすぎません。それは、この20年近く、日本において少なからぬ支持を得てきた「中国の統計はすべて嘘っぱちだ。早晩、中国経済は崩壊する」という戯言と大差ありません。ソネンフェルド教授は、「ロシアは弱い」というネタに飢えていたWESTの放送局から引っ張りだこで様々な番組でロシアをこき下ろしていますが、「先に結論ありき」で断定してしまうところが「さもありなん」という感じ。ロシア嫌いの方々は溜飲を下げるでしょうが、1ヶ月もすれば忘れさられてしまうでしょう。
WESTにおいても、真面目に分析しているエコノミストは、「ロシア経済はこれまでの制裁によって大きな打撃を受けておらず、持ちこたえている」という見方に転じており、崩壊論は少数派になっています。実際、IMFのチーフエコノミストは、7月末に「ロシア経済は景気収縮に見舞われてはいるものの、エネルギーや原材料の輸出の収益によって予想より順調に回っている」と指摘しました。
その背景には、WESTを代替する勢力がロシアに参入したり、不足物資を供給しているという実態があります。これまでは、中国が中心でしたが、中国は米国の顔色を見ながら、「100%支援というわけではない」という体裁を保ってきました。例えば、中国は、ロシアから要請された航空機産業への支援を断りました。しかし、そこで助け船を出したのがスイス。エアバスやボーイングのサービスが受けられなくなり、困窮しているロシアの航空機産業に対して、必要な部品や技術を提供しており、スイスからロシアへの輸出は急増しています。また、ロシア産金塊の輸入も再開しています。ペロシの台湾訪問で恥をかかされた中国は、米国の顔色など窺うことなく、今後ロシアを100%支援することになるでしょう。
さらに、インド企業がロシア市場を狙ってきました。「WEST-OUT、INDIA-IN」を標語に、WESTがロシアから撤退したり、閉店している間隙を突いて、様々な企業がロシアに進出しています。自動車ではTATA・Mahindra・BAJAJ、通信ではBSNL・airtel、製薬ではBerger Paints India、航空ではAir India、食品ではContinental Coffeeなどロシア進出を検討しているインド企業は枚挙に暇がありません。また、X5 Retail Groupというロシアの大手小売では、インド商品のラインナップを急速に拡大しており、紅茶・珈琲・魚介・米・調理器具・衣服・日用雑貨などの大量取引が次々にまとまっていると報じられています。
そんな中、8月5日、トルコは、運輸・農業・金融・建設の分野で協力を深め、ロシア産天然ガスをルーブルで支払うことに合意するなど、広範な経済協力で合意しました。これで、ロシア・中国・インド・イラン・トルコを中心とした「巨大なユーラシア経済圏」が始動します。しかも、世界各国が金利引き上げに動く中で、7月22日、ロシア中央銀行は金利の引き下げに転じました。その結果、ウクライナ侵攻前の9.5%よりも、1.5%も金利水準が低くなりましたが、ルーブルは底堅い動きを続けています。このため、「景気を刺激するために、もう一段金利を引き下げる」という予測が飛び交っており、先述したIMFのチーフエコノミストは、「ロシア経済は、これから不況に向かう欧州とは異なり、不況期を短期で終えて、2023年には景気拡大に向かう公算が高い」と分析しています。
7. ロシア産原油のベンチマーク創設
さて、そんな中、ロシアがロシア産原油のベンチマーク創設に動きました。これまでは、油種が異なる欧米市場におけるWTI等のベンチマークを利用してきましたが、2023年3~7月の予定で取り組むと言います。報道は「WEST による Global Price Caps への対抗策」だと解説していますが、プーチンは「ルーブル金本位制」を導入したときから準備していたと見るべきでしょう。というのは、「ルーブル金本位制」の完成形としては、下記の仕組みが想定されるからです。
① 業者はドルなどの外貨をルーブルに両替する。
② 業者はルーブル建ての固定価格で、ロシア中央銀行が保有している金塊を購入し、「金塊保管証書(あるいは Gold-Backed Stablecoin)」を受領(metal accountsの数量増)する。
③ 業者は「金塊保管証書」を、エネルギー業者に譲渡(metal accountsの数量減)することによって、原油を市場価格の30%引きで購入して「原油保管証書」を入手(原油口座《oil accounts》の数量増)する。
④ 業者は「原油保管証書」を、原油を必要とする第三者に譲渡(原油口座の数量減)して、ドルなどを得る。
⑤ 業者は30%の粗利を得る。
ロシア政府がここまで市場を整備すれば、市場参加者の前に、簡単に儲けられる機会が分かりやすく現れます。この魅力に抗しきれることのできる市場関係者はおそらくいません。この取引に必要なシステムは、最先端の技術を必要としない標準的なものであり、実務的には、商業銀行が「metal account」を管理しているシステムを使えばよいだけなので、プーチンが本気になれば、長い期間を必要とせずに業者に対して提供することが可能です。
あるいは、上記の仕組みは、商品取引所のシステムを使うことでも対応できます。ロシア取引システム(RTS)とモスクワ銀行間通貨取引所(MICEX)の合併により2011年に誕生したモスクワ証券取引所(MOEX)は、金塊の現物と先物を上場していますし、2008年から精製製品と石油化学製品を上場し、2010年からそれらの先物を上場しているサンクトぺテルベルク国際商品取引所(SPIMEX)は、2013年に原油(先物2016年)を上場しています。したがって、MOEXにロシア中央銀行が保有する金塊を上場し、SPIMEXに輸出用の原油に特化した原油を上場すれば、極めて短期間で対応することが可能です。
ロシアが、裁定取引を行う業者のために「金塊保管システム」や「原油管理システム」などの提供まで準備していたとすれば、プーチンがぶち上げた「ルーブル金本位制」が成功する可能性は極めて高くなります。というのは、「metal accounts」で表示されるロシア中央銀行の保管金塊量を示す残高は、「金塊で裏打ちされている通貨量」に他ならないからです。その「metal accounts」で表記されている金塊量とルーブルが一定の固定価格で紐付けされる(ルーブル建ての固定価格でロシア中央銀行から金塊が購入できる)わけですから、ルーブルは間接的にロシア中央銀行が保管している金塊で裏打ちされることになります。「これは事実上の金本位制だ」と言い張られても間違いだとは言えません。
これまで、MOEXやSPIMEXは、参加者が少なく、潤沢な流動性に欠けていたため、金塊や原油価格のベンチマークを供給することは実務的に困難でしたが、「ルーブル金本位制」の下では、ヘッジニーズが明確にあるため、参加者の増加は容易です。すでに、ロシア産原油の他国への転売は、極めて美味しいビジネスになっています。そういう状況下で、原油のベンチマークを創設するというプーチンの作戦は決して付け刃ではありません。WESTは油断しない方が良いです。
8. De-Dollarizationの世界的な進展
6月30日、米国政府の債務は30兆5500億ドルとなり、史上最高値を記録し、GDPの130%に達しました。金利上昇の影響があった1~3月のデータで観れば、米国政府による金利支払いは前年比で+11.7%も増えています。そういう中で、各国政府による米国債の売却は進んでいます。本年4月の数値で観ると27カ国が売りに転じました。例えば、中国は、ここ5カ月連続で米国債を売り越しており、4月だけで362億ドルに相当する米国債を売却しています。その結果、残高は1年間で775億ドルも減少し、1兆34億ドルにまで落ちて、トップの座を日本に明け渡しました。これは2010年6月以降で最も低い水準です。中国は、2017年12月時点では1兆1849億ドルで世界一の米国債の保有国でしたから、着実に減少傾向を辿っていることを確認することができます。
じつは、貿易赤字と財政赤字という「双子の赤字」を抱え続けている米国経済を支えてきたのは「ドル本位制」でした。米国が貿易赤字を垂れ流しても、ドルの受領者は「ドル資産を持つことの意義」を理解していたので、最終的には、最も安全性が高く流動性の高い米国債の購入者に転じてくれたため、結果的に、財政赤字がファイナンスされるというメカニズムが機能していたわけです。しかし、「ドル本位制」が崩壊に向かい、「最終的に米国債の購入者に転じてくれない」という事態が生じると、米国経済はてきめんに変調をきたします。その意味で、米国政府は是が非でも「ドル本位制」を死守しなければならない立場にあります。
しかし、2000年に70%あった外貨準備におけるドルの比率は、2021年末に 58.81% にまで低下しました。これはこの25年において最も低い水準です。その後に、ロシアによるウクライナ侵攻があり、米国による「FRBドル預金の凍結」という愚策が実行されてしまいました。6300億ドルものロシア所有のドル資産が一夜にして凍結されたのです。この仕打ちを見て、リスクを感じない国はありません。ロシアはエネルギーの取引をルーブルもしくは金塊で行うことを要求し、BRICS は自国通貨での取引を増やしました。また、サウジアラビアは原油取引を人民元で実行し、ASEAN もドル取引を減らすことで合意しています。
その流れは、他の国にも伝播します。マレーシア、インドネシア、タイ、シンガポール、フィリピンの5ヶ国は、2022年11月までに各々の決済システムを相互リンクして各国の通貨で交易することを合意しました。つまり、ドルを使わないということです。この動きに、他のASEAN諸国も追随するでしょう。さらに、アフリカ諸国では、ハイパーインフレに悩まされた場合は、通常、米ドルを自国通貨にする(=米ドルにペッグする)ことで経済の正常化を図ってきましたが、ドルから金塊にシフトする動きが出てきました。ジンバブエでは金貨を導入する予定です。スーダンやエチオピアでも検討の動きがあるようです。
反米国のイランは、「国際貿易の決済で米ドルなんか使わないようにさせよう!」と呼び掛けていますが、日本が想定している以上に、その声に呼応する国は多いようです。反米・反ドルのムーブメントは、ボデイブローのように効いていきます。この調子だと、外貨準備におけるドルの比率が 50% を割るのは時間の問題なのかもしれません。ドル決済の比率が下がるという意味で、「ドル本位制の崩壊」は始まっています。しかし、その事象はストレートに「ドル安」を意味するわけではありません。というのは、ドル以外の通貨が売り込まれているからです。
9. 非資源国通貨から資源国通貨への逃避
各国政府は、バイデン政権による「FRB預金の凍結」という愚行を目の当たりにして、「外貨準備をどう保有するか?」という難問に直面しています。そこで、「コモディティをバックにした通貨が次の覇権を握る」という「ブレトンウッズ3」に注目が集まっているわけですが、現時点では、「コモディティ通貨」に相当する通貨がないため、世界は「資源を持っている国の通貨」に狙いを定めています(例えば、原油とダイヤが有名なアンゴラはドルに対して強い)。つまり、日本や欧州のような非資源国の通貨は売り込まれ、ロシアのような資源国の通貨が買われるという現象が起きているのです。多くの為替アナリストは円安を金利差で説明しがちであり、その影響は否定できませんが、底流で「非資源国通貨から資源国通貨への逃避」という動きがあることを軽視してはなりません。
その際に再評価されているのが、資源国である米国の優位性です。実際、直近のドル相場は20年来のドル高です。客観的に観れば、米国には、エネルギーも食糧もあります。その両者の資源を兼ね備えている資源大国は、米国以外にはロシアぐらいしかありません。バイデン政権の内政があまりにもお粗末なので、常識はずれのガソリン高を招き、食糧についても乳児用ミルクが枯渇した問題などで社会不安を惹起していますが、適切な経済政策が実施されれば底力はあります(トランプ時代はエネルギーの輸出国に復帰)。関係者は分かっているのです。
「ドル本位制の崩壊」という市場取引高の問題を、直近の「20年来のドル高」という市場価格の問題とごちゃまぜにしてはなりません。ほとんどの為替アナリストは、所詮「市場価格」にしか興味がなく、「市場取引高」の問題は二の次なので、目先の「20年来のドル高」という市場価格に幻惑されて、「ドル本位制の崩壊はまだまだだ」という評価に落ち着きがちなのですが、「ドル本位制の崩壊」が本格的に起こったときに、市場価格の動揺 ―― 本格的なドル安 ―― が発生したら、これまでのような分厚いセーフティネットはありません。米国が世界一の対外債務残高や垂れ流してきた巨額の財政赤字を悔やむ日はいずれ必ず到来するでしょう。しかし、当分の間は、米国のような資源国ではなく、日本や欧州のような非資源国の通貨に発生する大問題に耳目が集まります。それらの問題が解決されるまでは、「ドル本位制の崩壊」という事象が始まっていたとしても、その大変化が問題視されることは比較的少ないと思われます。
とはいえ、国際的に「ドル本位制の崩壊」が問題視されたときは「もはや手遅れ」です。通貨問題は、つまるところ「信用」の問題なので、即時に対処することは不可能です。ありがたいことに、非資源国がドタバタしているおかげで、米国は対処するための時間の余裕が多少あります。この余裕時間を、「20年来のドル高」に浮かれて無為に過ごすのか、それとも問題の本質を改善するメスを入れる好機に活かせるのかが、米国政府の政策責任者に問われている重い課題なのです。
10. ペロシによる台湾訪問の帰結
Unipolar WorldからMultipolar Worldへと移行する中で、各国は、なるべく敵をつくらない全方位外交とバランスの取れた戦略と巧みな交渉術が求められます。石炭を事例にとりましょう。2019年、オーストラリアと対立した中国は、オーストラリア産石炭の輸入を大幅に制限しました。このため、中国では、石炭不足の影響で工場生産に支障が生じるなど経済と社会にダメージを受けてしまいます。ところが、そこでウクライナ戦争が発生します。欧州がロシア産石炭の輸入を禁止すると、ロシアは、中国やインドに石炭の輸出先を求めました。中国にとって、ロシア産石炭の大量購入は干天の慈雨。中国が石炭問題の解決の糸口をつかんだ時期に、オーストラリアでは、対中国強硬派だったモリソン首相が失脚してしまいます。オーストラリアの新政権は中国との石炭取引の再開を検討し始めました。国際政治はなかなかに味わい深く、一筋縄ではいきません。
上記の石炭の問題に限らず、国際社会は複雑怪奇で一寸先は闇。ウクライナ戦争のように、「わかりやすい対立の構図を創り上げて、圧倒的な軍事力と経済力で相手国を屈服させる」というUnipolar的な手法は今後通じなくなります。そういう意味でも、今回のペロシによる台湾訪問は、中国を「敵」と決め付けて、不必要に煽っておきながら、実際の戦争では出て行かずに、前線で子分の台湾と日本に戦わさせるという「極めてUnipolar的な手法」であったと言えるでしょう。
今回のペロシによる台湾訪問は、ロシアと中国を固く結束させることにより、結果的に①AEZの構築へと本格的に突き進ませる契機となりました。また、両国とも米国と戦うわけですから、②De-Dollarizationをさらに加速させざるを得ません。この動きを見た他国もロシアと中国に追随していくでしょう。ロシアと中国は「WESTから切り離されたAEZ」を創り、AEZは「WESTからの経済制裁のセーフティネット」として機能します。そうなれば、③WESTを頂点とするUnipolar Worldは崩壊し、自然とMultipolar Worldへと移行していきます。そして、BRICSを中核とするAEZが「経済的な括り」というだけでなく、「不戦同盟」という安全保障上の価値を持つまでなってくれば、参加国数は国連に匹敵する可能性すら秘めてきます。要するに、ペロシによる台湾訪問は、Unipolar Worldを堅持したい米国やWESTにとって、有益な施策ではなかったのです。
De-dollarization は日々進んでいる。貴金属市場は強含みの展開を続ける。
国際金融市場のグレートリセットが迫っている。ドルを信用するな。
【読む・観る・理解を深める】
➡【今後のロシア経済を予測する際の留意点①】 プーチンが仕掛ける「SWIFT 2.0」
➡【今後のロシア経済を予測する際の留意点②】プーチンが仕掛ける「ルーブル金本位制」
➡【今後のロシア経済を予測する際の留意点③】「unipolar」vs「multipolar」の戦いの行方
➡【今後のロシア経済を予測する際の留意点④】「AEZ+SWIFT 2.0」が本格的に台頭する
➡【今後のロシア経済を予測する際の留意点⑤】「新冷戦」の勃発と「ドル本位制」の終焉
➡【今後の国際経済を予測する際の留意点①】「WESTの稚拙」vs「BRICSの智略」の勝敗
➡【今後の国際経済を予測する際の留意点②】「ペロシ米下院議長による台湾訪問」の帰結
➡【今後の国際経済を予測する際の留意点③】「OPEC+」と「上海協力機構」における決断
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【今後の国際経済を予測する際の留意点⑤】内政不干渉のBRICSと主権不尊重のWEST
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