【今後の国際経済を予測する際の留意点①】(2022.7.15)
*「WESTの稚拙」vs「BRICSの智略」の勝敗
米英は「情報戦」での圧倒的な優位を活かして、「ウクライナ軍の惨敗」を糊塗し美化しようと未だに策を弄していますが、米英メディアの劣化コピーである日本メディアはともかくとして、非西側諸国(non-WEST)では「ロシア軍の勝利」が淡々と報じられています。独仏伊においても報道のニュアンスが変わり、「ウクライナへの兵器支援」に対しても批判的な世論が広がってきました。
好戦派の米英にポーランド・バルト三国などを加えた戦争の継続を望む勢力は、ロシア領であるカリングラードへの鉄道を止めるなど、戦争を長期化・泥沼化させる手段を模索し続けているものの、EUにおいても和平派が台頭してきており、カリーニングラードを「経済制裁の対象外」にするように迫るなど「対ロシア強硬派」との路線の違いが鮮明化してきました。もっとも、戦争継続を望む勢力は、ノルウェー領のスバールバル諸島に住むロシア系住民への嫌がらせを始めたほか、NATOが「敵」とみなす範囲を「対ロシア」だけでなく「対中国」にまで広げるなど、戦局のエスカレーションや戦線の拡大をしぶとく狙っています。このため、ウクライナ戦争における勝敗が定まったとしても、予想外の地域において軍事衝突が起こる可能性が否定できないため、安堵することはできません。
もっとも、このような複雑な情勢下でも、国際経済は一定の方向性を持って躍動し始めています。BRICSを中心に中東・アフリカ・中南米が参加し、東南アジアの一部も加わったAlternative Economic Zone(AEZ=代替経済圏)が力強く台頭する中で、西側諸国(WEST)が従来の枠組にこだわり、強権的な手法に頼っているため、かえってAEZの成長を加速しているという構図です。粗雑な対応に終始しているWEST は、AEZが台頭している背景を真摯に理解しようとせず、BRICSの戦略を正確に分析できていません。現在のままの対応が長く続くのであれば、WESTが築いてきたUnipolar Worldは瓦解しかねません。
以前の拙論では、プーチンが仕掛けた「SWIFT2.0」と「ルーブル金本位制」という布石を解説した上で「多極化する世界(Multipolar World)」というビジョンを俯瞰した後、「AEZ+SWIFT2.0」に向かう動きが本格化していることを指摘し、WESTとnon-WESTの間における「新冷戦」の勃発と「ドル本位制」の終焉が始まっていることを示しましたが、BRICSが切磋琢磨しながら仕掛けている各種の智略が、AEZにおいて有効に機能し始めた場合は、WESTの劣勢が確定してしまう可能性が高くなっていますので、その点を中心に解説します。
1. WESTにおける経済政策の稚拙さ
6月28日、G7は「ロシア産原油・天然ガスの価格に上限を設ける方法(Global Price Caps)」を検討することで合意しました。具体的な枠組みは提示されていませんが、市場原理に逆らって、「ロシア産原油だけに対して、合理的な理由なく市場価格よりも大幅に低い上限を設ける」という強権的な政策です。このため、①政策の実行が、ロシアの供給減を促して原油価格の急騰を招く可能性が高いほか、②売り手のロシアのみならず、買い手にもメリットがあるとは思われず(売ってもらえなくなるだけ)、③取引価格のモニタリングと監視が難しい上に、④売値を低く抑えながらも諸手数料や他の代金を水増しして調整すれば容易に対応できるため、⑤実務的には極めて複雑な仕組みが必要になる可能性が高く、G7各国が協調して実施する政策措置としては、極めて筋が悪い代物です。
しかも、ある国が他国と取引する際の価格を一方的に決めつけるという極めてUnipolar的な考え方は、ロシアが提唱しているMultipolar的な世界に魅力を感じている世界各国首脳の心情をさらにMultipolar Worldへと誘っていきます。WESTによる「一極支配」という色彩が強まれば強まるほど、non-WESTは、自国にとっての「AEZの必要性」をひしひしと感じ、AEZへの参加意思を固めていくことになるでしょう。自分たちの国際取引を護るために「SWIFT2.0」の必要性をさらに強く感じて、「SWIFT2.0+AEZ」がさらに広がっていく結果になります。WESTは「ロシアはWESTから孤立したが、WESTは世界から孤立した」(ベルルスコーニ元イタリア首相)という至言を噛み締めるべきです。
また、G7は、新たに採掘・精製されたロシア産金塊の輸入を禁止することでも合意しました。WESTの首脳たちは、プーチンの戦略をまったく理解していないようです。敵の戦略を十分に理解することなく、自分勝手な思い込みでその場しのぎの対策を講じたところで効果は期待できず、最悪の場合は逆に利用されてしまいます。今回の金塊の禁輸は、後者になる可能性が高いと思われます。1週間前に報道された「スイスがロシア産の金塊を輸入した」というニュースに過剰反応して脊髄反射してしまったのでしょうが、これは妙手ではありません。
まず、ロシア産金塊の禁輸が「ロシア経済を痛めつける方策」であるとした場合、原油や天然ガスの禁輸と同様に「ロシアの収入を削減する」ことが主目的となります。確かに、金塊は、品目別に見ればベストファイブにランクインしているロシアの輸出品ではありますが、輸出額に占める割合(2019年)で見れば、原油24.2%、石油製品12.7%、天然ガス5.4%、石炭3.8%に続く、1.6%(第5位)しかありません。経済制裁として見た場合の効果は大したことがないのです。
可能性としていえば、ロシアは、金塊の禁輸措置に対して、原油や天然ガスの場合と同じように、「金塊を安く中国やインドに売って、G7 に対する輸出減のダメージを相殺する」という手段も取り得ます。原油や天然ガスのときと同じように「友好国には安く売り、非友好国には高く売る」という対応をとれば、ロシアが輸出先に困るということはないでしょう。ただし、原油や天然ガスとは異なり、ロシアが友好国に対して、金塊を安値で売る可能性は低いと考えられます。それは、「ルーブル金本位制」という大戦略の枠組を崩してしまうからです(後述)。
一連の施策を見る限り、WESTにおける政策立案能力は、長年に亙る一極支配に毒されてレベルが堕ちてしまったようです。驕ったWESTは、ロシアを格下国として見下す習性を是正することができず、BRICSの戦略やAEZのメカニズムを真剣に分析することを怠り、智慧の足りない力技だけに頼っています。
2. プーチンが狙っている「究極のゴール」
ロシア中央銀行が、現時点で運用している「ルーブル金本位制」は、
① 金塊とルーブルの交換価格は固定しない(一時期のみ固定価格で運用)
② 金塊との交換価格は市場価格の動向に応じて変動させる(適時変更)
③ 中央銀行が市中から不定期に金塊を買う(中央銀行は金塊を売らない)
というもので、従来の「金本位制」とは全く異なる制度です。ルーブルは金塊と兌換可能(Hard-peg)にはなっておらず、「時折中央銀行が買うかもしれない」という建付けになっているだけ(Soft-peg)。ただ、ロシア中央銀行は「ルーブルと金塊は交換され得る」というイメージを維持する努力を尽しています。
実務的には、ロシア産の原油や天然ガスをルーブルもしくは金塊で購入する際の交換比率が「ルーブル金本位制」を表象しています。原油や天然ガスを「ルーブルor金塊」で買うと市場価格より30%も安くなるという仕掛けがこの制度の肝。30%の粗利があるため、市場参加者は、金塊と原油・天然ガスの裁定取引に殺到。その結果、金塊がロシアに支払われ、自然と市中の金塊が品薄になります。それが金価格を維持し、金塊にペッグしているルーブルは、over-printedのFiat Money(不換紙幣)よりも強くなる、というメカニズムになっています。
上記の「ルーブル金本位制」というメカニズムの中で、ロシアにおいて、金塊は「マネー」として機能しています。それで、3月1日から金塊は20%の付加価値税の対象外になりました。その「マネー」である金塊をディスカウントしてしまった場合、上記のメカニズムを破壊しかねません。したがって、ロシアは、友好国だからと言って、金塊をディスカウントで売ることはないと見込まれます。
むしろ、プーチンは、この金塊の禁輸を逆手に取ることを考えるでしょう。金塊の禁輸は、市場への供給を絞ることにつながりますから、金塊の価格は強くサポートされるようになります。まず、この事象自体が、金塊にソフトペッグされているルーブルの価値を高め、コモディティの背景を持たない不換紙幣の価値を低下させていきます。これは、ロシアにとって、とても良いことです。じつは、プーチンが一番輸出したいモノは、原油でも天然ガスでも金塊でもなく、究極のゴールとして輸出したいのは「ルーブル」。つまり、ドルさえ刷れば何でも手に入る、いまの米国の地位を、ロシアは米国から奪取したいと本音では考えているはず。紙幣は「コストパフォーマンスが最も良い究極の輸出品」だからです。
実際、ロシアは、その機会が到来したときのための準備を着実に進めています。ブロックチェーン技術を駆使した cryptocurrency の「Gold-Backed Stablecoin」がそれに相当します。じつは、ロシア開発対外経済銀行(Vnesheconombank)は、「ロシアが、国家としてGold-Backed Stablecoinを発行して、国際貿易において物々交換すれば、経済制裁の下でも、米国はトラッキングすることができない」という具体的な施策を公表しています。これは、民間に対して「ロシア中央銀行による金塊保管システム」を提供し、金塊の保管証券を「紙幣」や「保管証書」ではなく、「cryptocurrency」で発行する経済行為と実質的に同じです。
ロシアが発行する計画の「Gold-Backed Stablecoin」は、現在、世界各地で使われている「ドル紙幣」の後釜を虎視眈々と狙っています。しかも、「Gold-Backed Stablecoin」は、不換紙幣の「ドル紙幣」とは異なり、ロシア中央銀行が保有している金塊との一体性が保証されるだけでなく、必要であれば、割安の原油や天然ガスと交換できる「コモディティベースの通貨」にもなるほか、かさばる紙幣とは異なり、100万ドルの価値を1枚のコインに注入することが可能で、かつ、偽造を防止することもできますから、「ドル紙幣」の何十倍も価値があります。
「Gold-Based Stablecoin」が「ドル紙幣」を代替するとき、名実ともに「ドル本位制」は終焉します。そして、「ドル本位制」の崩壊は、大打撃を米国の財政と経済と社会に与えます。「ドル本位制」が崩壊すれば、米国はこれまでのような放漫財政ができなくなり、過大な対外債務を維持することも困難になります。そうなれば、軍産共同体が依拠してきた「米国政府による巨額の軍事支出」を毎年垂れ流すことも不可能になっていくでしょう。そうなれば、米国は世界最強の軍隊を維持することができなくなり、海外に展開している900もの軍事基地を運営し続けることも不可能になります。「ドル本位制」を崩壊させることは、米国の経済覇権だけでなく、軍事覇権をも打倒することにつながるのです。
3. 「BRICSバスケット通貨」の必要性
金塊にソフトペッグする「ルーブル金本位制」でルーブルの価値を高め、AEZを広げながら、ドル本位制を揺るがしていくというプーチンの経済戦略は、当初の目論見以上の効果を発揮しています。「ルーブル金本位制」という布石を敷いたプーチンは「非友好国に対してはロシア産エネルギーをルーブルもしくは金塊でしか売らない」という施策を断行し、「Gold-Backed Stablecoin」という形式でルーブルを国際取引における通貨として普及させる準備もしています。究極的には「ルーブルを国際基軸通貨にする」ことを志向してもいるでしょう。
しかし、プーチンは、ルーブル覇権に至るまでの道の手前にも巧みな仕掛けを施しています。それは、6月23日に開催された BRICS サミットで、プーチンが開発中であることを公表した「BRICSバスケット通貨」です。この「BRICSバスケット通貨」は、WESTを揺さぶるための単なるアドバルーンではありません。戦略的にも戦術的にも必要不可欠で、かつ、巧みな仕掛けが施されています。
ロシアは、友好国とは自国通貨での取引を奨励しています。したがって、BRICSとの取引が増えれば、ロシアには、中国人民元やインドルピーなどが外貨として自然と貯まってきます。ところが、これらの通貨は、ルーブルと違ってコモディティにペッグしていないので、国際的には決して強くありません。ロシアにとっても、これらの通貨だけで外貨準備を構成するのは実務的に限界が生じると思われます。しかも、AEZ が拡大するとともに、ロシアが、アフリカや中南米の国々との交易を増やすことになれば、さらに脆弱な通貨を受け取らざるを得ない立場に自分を追いやってしまいます。それはロシアにとって、決して良い取引ではありません。しかし友好国に対してまで、「ルーブルもしくは金塊で支払え」というのは、Unipolarの米国覇権主義のようになってしまいますし、Multipolarを唱え、自国通貨での取引を推奨しているロシアとすれば、「米国の代わりにロシアが覇権を奪取するつもりなのか!」という悪評は避けたいところでしょう。
だからこそ、ロシアには「BRICSバスケット通貨」が必要なのです。友好国に対しては「BRICSバスケット通貨」での支払いを求めることにより、国際的に脆弱で為替変動リスクが大きい通貨の受け取りをやんわりと拒否する一方で、中国人民元やインドルピーを収入として得たら、ポートフォリオリスクを管理するために、その一部を「BRICS バスケット通貨」に換えておけばよいということになります。入手した中国人民元やインドルピーをすぐに売って直接ルーブルを買うというオペレーションだと、BRICSとの絆に亀裂が生じる可能性もありますが、「BRICSバスケット通貨」との交換であれば波風は立ちません。
その一方、ロシアは、「Gold-Based Stablecoin」の開発にも余念がありません。cryptocurrencyはトレースすることが難しいため、様々な取引における「抜け道」を提供してきました。イランでは、ハイパーインフレで崩壊した自国通貨の代替という側面もあり、政府が関与して「経済制裁を回避する抜け道」として公認してきた経緯があります。経済制裁を受けているベネズエラでもcryptocurrencyは一般的に利用されていますし、ミャンマーでは反政府勢力の通貨として採用されました。北朝鮮はハッカーを使ってcryptocurrencyを盗んだと報じられてもいます。程度や手段はともかく、これらの国々がcryptocurrencyに慣れ親しんでいることは間違いありません。ロシアは、これらの国々に「Gold-Backed Stablecoin」を普及することを計画しているでしょう。表街道は「BRICSバスケット通貨」で、裏街道は「Gold-Backed Stablecoin」という2街道作戦です。
4. AEZに参加国が集まってくる仕組みの構築
ロシアが巧みに将来の布石を打つ中で、6月29日、「インド最大手のセメントメーカー(UltraTech Cement)が、ロシア産石炭の輸入において、中国人民元を使用した」というニュースが報じられました。インド企業なのでルピーで支払えばよいのに、中国への輸出や中国の資産売却で中国人民元を入手したので、ロシアへの支払原資にしたのだと思われます。じつは、これ、画期的な取引です。
というのは、この取引は、「BRICS 諸国に輸出して、BRICS の通貨を得た国々は、その通貨をロシアへの輸入代金に充てることができる」という仕組みが構築されたことを示しているからです。ロシア産の食糧やエネルギーを買いたければ、ロシアに輸出してルーブルを得ることが一番有効なわけですが、ロシアに対する直接の輸出品がなくても、BRICS への輸出があれば、BRICS の通貨を得て、ロシア産の食糧やエネルギーを輸入できることになったことを意味します。
つまり、ロシアから食糧やエネルギーを輸入したい国は、BRICS に輸出すればいいわけです。欧米に輸出するよりも、そのほうがロシアからの輸入に都合がよいことになります。自動的に世界各国は BRICS との取引を望み、自動的に欧米とは疎遠になっていくでしょう。世界中で、同じ条件なら BRICS を選ぶという流れができていきます。BRICSは、Multipolarを標榜しており、「排斥するWEST」とは異なり、「包摂するAEZ」というセーフティネットを参加する国々に与えています。ロシアは、米国の代わりに覇権国になるというUnipolar戦略の誘惑を跳ねのけて、Multipolarとしての大戦略を墨守しました。プーチンは、目先の独占利益よりも、他の多くの国々が共鳴する大義やビジョンを選んだわけです。
BRICS 以外の国は、BRICSの国への輸出を振興し、BRICSの通貨を手に入れて、ロシアからの食糧・エネルギーの輸入において、BRICSの通貨で支払うことを考えます。BRICSへの輸出がない国は、「BRICSバスケット通貨」を入手して、それをロシアへの輸入代金に充てることになります。結果的に、BRICSの通貨が集まってくることになるロシアは、それを外貨準備としてリスクマネジメントしながら保有し、国富を蓄積する手法として「BRICSバスケット通貨」を設計すればよいのです。いずれAEZにおいては、BRICSの通貨もしくは「BRICSバスケット通貨」で決済することが主流になっていくでしょう。その中で、「ルーブル金本位制」で価値が金塊にソフトペッグされているルーブルの選好が高まれば、自ずとルーブルは、現在におけるドルの地位に近づいていきます。これは、市場原理に基づいた自然で無理のない戦略です。
5. インド中央銀行による「貿易決済システム」の提供
ロシアの主導により国際決済に関する新しい枠組みが整っていく中で、7月12日、インド中央銀行は、「ルピーでの貿易決済システム」を民間に対して提供するというプロジェクトを開始しました。インドのこの動きはとてもインパクトがあります。これから、世界各国において、中央銀行が自国通貨による貿易決済システムを提供するという試みが、どんどん広範化していくでしょう。
無論、その中で競争と取捨選択が行われて、標準化や集中化が進んでいくと思われますが、「自国通貨を中核とする貿易決済システム」というコンセプトからスタートすることは国際決済に大変化をもたらします。インドによるこの試みは、「貿易だからドル決済」という従来の大前提を崩壊させます。これから、インフラを開発した中央銀行が、他の中央銀行にそのインフラをリースしたり、売ったり、設計図を提供するという動きも活発化します。数年の間に、国際決済は一変するでしょう。「ドル本位制」は本格的な「終わりの始まり」を迎えました。
自国通貨の国際決済システムを各国が運営する結果として、「ロシアのように制裁されるかもしれないから、自国通貨が一番安心だ」という核心的な価値も各国で共有されていきます。じつは、プーチンが手掛けた「ルーブル金本位制」の目的は、ルーブル相場の維持ではありません。「WESTから銀行口座を凍結されても問題ないようにする」という本来の重大な目的があります。自国の銀行口座にあるルーブルか、現物の金塊であれば、欧米政府が凍結しようとしても凍結できないからです。中国がデジタル人民元を推進して、外貨準備の口座を分散しようとしているのも、同じように国家防衛策としての側面が大きいのです。
じつは、インド中央銀行が「ルピーによる貿易決済システム」の提供という大技を繰り出した背景には、先述したインドの大手セメントメーカーがロシアとの取引で中国人民元を活用した件がありました。インドとロシアとの交易において、中国人民元を使った取引は、上記の大企業だけでなく、すでに数多くのインド企業が着手しています。インド政府はその現状を苦慮していました。というのも、インドにとって、中国は BRICS における重要なパートナーであると同時に、国境紛争を抱えている当事者同士であるだけでなく、人口の多さから言っても、米国が衰退した後のスーパーパワーの座を争うライバル同士でもあるからです。
競合あるいは敵対する可能性がある中国の人民元を取引に使うことが広範化した場合、何らかの拍子で、中国が米国の真似をして、インドに嫌がらせをする可能性があります。そのインドの立場に立てば、AEZにおける国際基軸通貨が中国人民元になることは絶対に回避しなければなりません。だからこそ、インドは、中国から独立した決済システムを創り上げねばならなかったのです。だから、インドは、ロシアが提唱する「BRICSバスケット通貨」を推しているのです。
その点、ロシアは外交上手です。中国・インド双方の事情と利害関係を十分に理解し、世界一強い通貨となったルーブルを押し付けることもなく、「自国通貨での取引が一番重要だ」というコンセプトをMultipolar Worldにおける一つの規範として打ち出し、中国とは人民元で、インドとはルピーで付き合うという大人の対応に徹しました。ただし、それだけでは、各国の通貨が並び立つだけで、国際基軸通貨であるドルに対抗できない恐れがあります。そこで、「BRICSバスケット通貨」の開発を提唱し、中国の面子も、インドの面子も、どちらも立てられるような設計を工夫しているのでしょう。早晩、具体化が図られるはずです。
6. 「排斥するWEST」に対する「包摂するAEZ」の優位
Non-WESTの国々は、「WESTの偽善やダブルスタンダード」に疲れ果て呆れ果てて、AEZという「新たな国際秩序」への参加を真剣に検討しています。ロシアが提唱し続けている、世界におけるMultipolar vs Unipolarの戦いは、Multipolarの勝利で決まりそうです。こうしてWEST支配のUnipolarが揺らいでいく中で、AEZは、大方の人々の予想以上に早い速度で成長する可能性があります。というのは、イランやベネズエラ、ミャンマー、北朝鮮など、すでに「WESTから排除されている国々」が喜んで参加してくるからです。BRICS だけでも十分に大きな経済圏なのに、それらの国々が参加し、さらに中南米・アフリカ・中東・東南アジアが加われば、WESTの経済圏の比ではありません。
AEZは「経済制裁をするWEST」とは異なり、「経済制裁をしないOpenness」を原則としています。全方位に開かれた経済圏なのです。したがって、AEZに参加したからと言って、参加国はWESTとの関係を断つ必要がありません。つまり、AEZは「誰にでも常に開かれたマーケット」であり、「WESTから排除された国々をも包含する器」として、AEZの中における新しい国際秩序を提供することになります。「排除するWEST」に対して「包摂するAEZ」という重層構造になるわけで、「中央集権的なWEST」とは異なり「分散分権的なAEZ」は、「WESTから排除された国々のセーフティネット」として機能するようになります。したがって、WESTとnon-WESTの間の「新冷戦」はかつての「冷戦」のような対立構造ではなく、「WEST=AEZの大海に浮かぶ孤島」という図式になると思われますが、その近未来の予測図はすでに決した感があります。
ロシアは、自前の「SPFS」というメッセージシステムとCIPSなど他国の決済システムとを統合し、SWIFTを使わない自国通貨での決済(=SWIFT2.0)を推進しています。また、「MIRシステム」というクレジットカードを中核とした小口決済システムを国際間でも使えるようにしています。その一方、中国は「デジタル人民元構想」を推し進め、インドは「中央銀行による貿易決済システムの提供」を各国に呼びかけます。AEZの参加者が多種多様な「SWIFT2.0」を活用するようになれば、自然とSWIFTの寡占は崩れます。AEZは「SWIFT2.0」の広がりとともに着実に裾野を広げ、いずれ「ドル本位制」の崩壊へとつながっていくでしょう。WESTが経済制裁を実施する国を広げれば広げるだけ、「AEZ+SWIFT2.0」に参加せざるを得ない国が増えていきます。そして、WESTが経済制裁を強めれば強めるだけ、「AEZ+SWIFT2.0」の必要性を認識する国が増えて、「AEZ+SWIFT2.0」に参加する国々が増えるのです。つまり、WESTによる経済制裁は、「AEZ+SWIFT2.0」を広げているだけなのです。
その流れの中で繰り広げられる「SWIFT」と「SWIFT2.0」の戦いは、「ドル決済を中核にしたSWIFT 1.0」と「自国通貨決済を中核にしたSWIFT2.0」の戦いでもあります。ただ、SWIFTは今頃深く後悔しているに違いありません。米国からの恫喝に負けて、ロシアの銀行を排斥したことが、これから始まる世界中における津波のような「SWIFT2.0」のムーブメントを呼びこんだのですから。これからSWIFTは、インド中央銀行などの各国中央銀行と競争することになります。各国の中央銀行は、シニョレッジ(通貨発行益)を持っており、国益のためであれば、低いマージンでも市場参入してくる嫌な競争相手です。SWIFTは数年後には単なる one of players の立場に堕してしまうと予想されます。これからは極めて速いスピードで、SWIFTの寡占は崩れていくでしょう。
7. ロシア経済の現状とロシア国債のデフォルト
とはいえ、ロシアの施策が盤石というわけではありません。容赦のないWESTによる経済制裁は一定程度効いています。ロシア経済に関する5月の統計(前年比)を観ますと、GDPは▲4.3%落ち込んでおり、小売売上高は▲10.1%と不振です。鉱工業生産も▲1.7%と低迷しています。もっとも、起業促進策が功を奏して、失業率は史上最低水準の3.9%を記録し、ルーブル高で消費者物価も下落に転じました。これまでにロシアが体験した経済ショックと比べれば深刻ではなく、GDP▲10~15%というWESTの当初予測は大きく外れそうです。
そんな状況下、6月27日、格付け機関ムーディーズは、ロシア国債のデフォルトを認定しました。ロシア国債については、債券発行者に支払う意欲も支払う資金もあったのに、WEST の経済政策で、WEST側の金融機関がロシアとの取引を凍結しただけでなく、WESTの投資家が元利金の受け取りを禁止されたという特殊なケースです。地震・洪水・台風・戦争・暴動・ストライキなど予測や制御のできない外的事由全般に対して使われる「フォースマジュール(Force Majeure=不可抗力)」に相当するはずですが、そういう慣行を無視した形です。
今回のデフォルトにおいては、①元利金を支払う予定の資金であった中央銀行の預金を違法に封鎖し、②違法な預金封鎖によって、市場参加者を意図的にデフォルトさせ、③そのデフォルトの結果、市場参加者は資本市場から締め出した、という事実が成立しました。こういう野蛮で暴力的な資本市場で資金調達しようと考える市場参加者はいません。逆に言えば、AEZにとって、いまは米国資本市場に対抗する債券市場や資本市場を立ち上げる好機でもあるわけです。
ロシア国債の扱いに関する一部始終を見た non-WESTの国々とその企業群は、WESTにおける資金の調達や運用を考え直すでしょう。non-WESTにとっては、AEZ において新しい債券市場・資本市場・法制度・司法手続を整備し、安心して、資金の調達や運用を行うことができるインフラを整えることが喫緊の課題になりました。今後BRICSは、AEZにおいて、資金決済だけでなく、資金調達の場や資金運用の場 ―― 国際金融市場 ―― を提供するようになるはずです。
その新しいAEZの国際金融市場には、安心・安全な資金運用先を求めて、AEZの参加国の富裕層が大挙して押し寄せてきます。ニューヨークやロンドン、スイスなどはWESTの資金しか扱えなくなるでしょう。機を見るに敏なシンガポールがこの好機を見逃すとは思われません。AEZにおける最大の金融都市の座を上海に奪われないようにするため、巧みに交渉を始めていると予想されます。
6月25日、中国人民銀行は、BIS(国際決済銀行)との間で「人民元流動性アレンジメント」の設立協定に署名したと発表しました。当初参加する中央銀行には、インドネシア、マレーシア、香港、シンガポール、チリが含まれる予定です。各中央銀行は150億元(22億ドル相当)以上の金額をBISに拠出し、準備金を積み立ててて、市場変動時に参加した中央銀行を支援する仕組みだといいますが、ロシアの「非友好国」であるシンガポールは、このグループに潜り込んでいます。
8. 追い詰められる独仏伊と岐路に立つ日本
7月12日、1ユーロが20年ぶりに1ドルを割り込みました。エネルギー危機で欧州経済がダメージを受けるという予測が市場を支配しています。金利引き上げが先行するドルが買われて「20年来のドル高」だと指摘されていますが、大局的に観れば、「ドル本位制」が「コモディティ・ベース・カレンシー」に変わるという市場の予測(Bretton Woods Ⅲ)が先行する中で、「ルーブル金本位制」の仕掛けに気付いた市場参加者の意識が、豊かな資源をバックに持つ国の通貨に向かっていると見るべきです。だから、ドル(米国)だけでなく、ルーブル(ロシア)・ペソ(メキシコ)・リアル(ブラジル)などが強いのでしょう。ただ、この「20年来のドル高」は、ドル本位制の「終焉のはじまり」を見えにくくしています。「ドル高が米国の対策を遅らせる」という現象は皮肉なものです。
WEST諸国は、今から十分に警戒しておくべきでしょう。AEZはMultipolarというポリシーを掲げ、「排斥」ではなく「包摂」を基本戦略としていますから、現時点でWESTを排斥することはありませんが、WESTがいつまでも「上から目線」の経済制裁を続けていると、いずれ「non-WEST同士での取引では、経済制裁しているWESTの国の通貨は使用しない」というルールをAEZが決めるかもしれません。そうなった瞬間にWESTの通貨価値は暴落します。あるいは、「いつ凍結されるかわからないWESTの通貨は受け取らない」という国が出てくるかもしれません。WESTはいま、そういう重大な分水嶺にいるのです。
特に、独仏伊は、米英に追随したままだと、エネルギー問題が深刻化するだけでなく、将来に亘って後悔することになります。今ならば、「SWIFT2.0+AEZ」に参入することにより、それなりの地位をユーロが確保することができる可能性はあります。しかし、「BRICSバスケット通貨」が登場し、それなりのシェアを占めるようになってからでは手遅れです。ドルと同等にみなされて、AEZから排斥される対象になってしまうかもしれません。独仏伊は、現在のロシアとの対決路線を早く協調路線へと転向しないと、大きな国益を失う恐れがあります。
「対ロシア強硬派」の急先鋒であったボリス・ジョンソン英首相は失脚しました。独仏伊における世論は「正義よりも平和」「戦争よりも物価」にシフトしています。経済制裁は「自分で自分の首を絞めている」だけという認識が広がる中で、市民たちは「物価高による生活苦を何とかしろ!」と騒ぎ出しています。ドイツは、ロシアからの天然ガスを確保するため、経済制裁のルールを緩めて、パイプラインの修理部品の輸出を求めましたし、ウクライナに対するEUの支援金送金についても遅らせています。イタリアでは「ウクライナに兵器を送るべきではない」という世論が過半数を占め、フランスはロシア非難を口にしなくなりました。独仏伊は、大義名分を整えて経済制裁から離脱する準備に着手しています。
米英は、軍事的にも経済的にもミスを重ねました。UnipolarからMultipolarへの流れはもはや止められないと見るべきです。その一方、多種多様な「SWIFT2.0」が本格的に稼働しており、AEZはものすごい勢いで拡大しつつあります。この流れの中で、仏独伊までがAEZに参加することになれば、米英は孤立してしまいます。俯瞰して見れば、「WEST=AEZの大海に浮かぶ孤島」という構図はすでに形成されており、「AEZはWESTから排除された国のセーフティネットだ」という認識が世界中で広まれば、WESTの経済制裁を恐れる国はどんどん少なくなり、その一方でAEZへの参加国がどんどん加速度的に増えていくでしょう。
非資源国である日本は、「WESTという孤島」の中で世界から孤立してしまうと、国際的に極めて脆弱な立場に陥ります。事実として、ロシアに進出している日系企業のうち、現地からの撤退を表明したのは全体のわずか4%。残る96%の企業は規模を縮小するなどしても撤退せず、残留する意向を示しています。その事情は、欧米企業の多くもじつは同じであり、WESTにとって、ロシアの排除は決してプラスではありません。日本は「WESTという孤島」に固執することなく柔軟な外交を展開し、AEZへの参加にも積極的に取り組むことが肝要です。
喫緊の「サハリン2問題」を解決するためにも、日本は、ロシアとの関係において「非友好国」から「友好国」への早期転換を目指すべきです。第4次中東戦争の際、キッシンジャー米国務長官から「アラブ側には付くな」と釘を刺されていた日本はアラブ諸国から「非友好国」に分類されるリスクがありました。しかし、当時の田中政権は「アラブ寄り」で行くことを決断し、「友好国」の立場を獲得して、オイルショックを短期間で乗り切ったという実体験があります。日本国は、安倍元首相という最強のカードを失いました。しかし、まだまだ人材はいるはずです。米国の手前、政権として動くのが難しいのであれば、閣外の有力者がロシアと復旧する道を拓くべきです。日本に残された時間はそれほどありません。
ドイツの公共放送です。「経済制裁で、ロシア経済は半年で崩壊する」と言っていたエコノミストが、「長期的にはロシア経済は厳しい状況になる」と言い張る。情けなくて呆れ果てる。お決まりの台詞は「ロシアのデータは信用できないから、ロシア経済が本当に回復しているのかわからない」という最後っ屁。そういう輩が専門家と称して、テレビに出ているのは、日本と同じですね。
ドイツの公共放送です。「経済制裁で、ロシア経済は半年で崩壊する」と言っていたエコノミストが、「長期的にはロシア経済は厳しい状況になる」と言い張る。情けなくて呆れ果てる。お決まりの台詞は「ロシアのデータは信用できないから、ロシア経済が本当に回復しているのかわからない」という最後っ屁。そういう輩が専門家と称して、テレビに出ているのは、日本と同じですね。
【読む・観る・理解を深める】
➡【今後のロシア経済を予測する際の留意点①】 プーチンが仕掛ける「SWIFT 2.0」
➡【今後のロシア経済を予測する際の留意点②】プーチンが仕掛ける「ルーブル金本位制」
➡【今後のロシア経済を予測する際の留意点③】「unipolar」vs「multipolar」の戦いの行方
➡【今後のロシア経済を予測する際の留意点④】「AEZ+SWIFT 2.0」が本格的に台頭する
➡【今後のロシア経済を予測する際の留意点⑤】「新冷戦」の勃発と「ドル本位制」の終焉
➡【今後の国際経済を予測する際の留意点①】「WESTの稚拙」vs「BRICSの智略」の勝敗
➡【今後の国際経済を予測する際の留意点②】「ペロシ米下院議長による台湾訪問」の帰結
➡【今後の国際経済を予測する際の留意点③】「OPEC+」と「上海協力機構」における決断
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➡ The Bretton Woods 3:国際金融システムが大変革する!➡【今後のロシア経済を予測する際の留意点①】 プーチンが仕掛ける「SWIFT 2.0」
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【今後の国際経済を予測する際の留意点⑤】内政不干渉のBRICSと主権不尊重のWEST
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