ウクライナ情勢を分析する際の留意点②(2022.3.28)
ーー 米国の思惑とウクライナの実情 ーー

マリウポリの市庁舎が陥落しました。
マリウポリは、悪名高い極右勢力のひとつであるアゾフ大隊の本拠地です。アゾフ大隊は、ドンバス地方での親ロシア勢力に対抗するためにアルセン・アヴァコフ氏が2014年に創設した特別警察大隊のことで、現在では、ウクライナ国家警備隊の東部作戦地域司令部に編入されており、列記としたウクライナ軍の一員です。創設者のアヴァコフ氏は、その後内務大臣に就任しましたから、ウクライナ政権が極右勢力に牛耳られているという事実が窺われます。
ナチスドイツが使っていたシンボルを多用するアゾフ大隊は、ロシアを排斥する「極右ネオナチ組織」だと長年みなされてきました。ドンバス地方の紛争で敵の攻撃対象になりそうな地点に女性や子供、妊婦など脆弱な市民を強制的に配置して「人間の盾」とした前科があり、それが理由で、米国連邦議会においても非難決議が行われている、列記とした「ネオナチ」です。
ゼレンスキー大統領は、就任当初において、このネオナチ組織を排除しようとして失敗。その後は、彼らに取り込まれて、気脈を通じながら政権運営をするようになり、ロシア語やロシア文化、そしてロシア系住民を排斥する政策を矢継ぎ早に実施してきました。
そしていま、ゼレンスキー大統領は、巧みな弁舌と美しいレトリックで米国やNATOをけしかけたものの、「自軍を犠牲にしてまでこの戦争に参戦しようとする国はない」という厳しい現実を悟り、先週頃からは水面下の交渉を続け、①非ナチ化(極右勢力の排除)、②中立化、③非武装化、④ドンバスの独立とクリミアのロシア統合承認というロシアの要求を「①を除いて検討する」というところまで譲歩しています。
ロシアとしては、ゼレンスキー大統領が「①を呑めない」というのであれば、「アゾフ大隊の本拠地(極右の聖地)」ということで象徴的なマリウポリを落としてから、「①を含めて和平交渉を進めよう」という肚だったのでしょう。マリウポリを陥落させた以上、今週中にも和平交渉はなんらかの進展を見せると思われます。
しかしながら、油断は禁物です。仮にプーチンとゼレンスキーが和平に合意したとしても、排斥される対象となる「武装した極右勢力」が黙って引き下がるとは思えません。現実的には、下記のシナリオが考えられ得ます。
ⓐ和平合意が正式に成立したにもかかわらず、極右勢力がロシア軍やロシア系住民への攻撃を中止せず、戦況が泥沼化する(ミンスク合意の後もそうでした)
ⓑ極右勢力がゼレンスキーを殺害し、ロシアが暗殺したという話をでっち上げて、徹底抗戦に出る(すでに「ロシアのスパイだった」という嫌疑だけで、正式な司法手続を経ることなく、殺されている閣僚がいます)
ⓒ戦争を続けたいバイデンあるいは米国政府あるいは軍産複合体が、極右勢力をサポートして、ⓐあるいはⓑを実行させる(すでに、米英の軍事顧問はウクライナ政府内で作戦に関与)
バイデン大統領は、下記の理由からウクライナ戦争を泥沼化させて、長期化させたいので、和平交渉を行う素振りすら示さず煽り続け、プーチンの個人攻撃をヒートアップさせています。
1)ウクライナ危機とロシアへの経済制裁を長期化させ、ロシアを弱体化させたい。
2)アフガン撤退や物価急騰、そして不法移民急増という失政を覆い隠し、「戦時の大統領」として支持率を引き上げたい。
3)「プーチンと親密だったトランプは悪だ」というレッテルを貼って喧伝し、今秋の中間選挙における民主党の敗勢を挽回したい。
4)ウクライナにおける生物化学兵器の開発という米国の汚点を隠蔽したい(5にも関連)。
5)米国内において追及の手が厳しくなっている息子ハンター・バイデンに関する数々のスキャンダルをもみ消したい(ハンターが関わって、ウクライナの生物兵器研究所に多額の出資をさせていたことが米国内の捜査で判明)。
したがって今後は、「生き残りを図りたいウクライナの極右勢力と戦争を長引かせたい米国の連合体」に対して、「戦争を終わらせたいロシアとゼレンスキーの連合軍」が挑む戦いへと局面が変わる可能性が高いと思われますが、見どころは、プーチンが極右勢力の排斥のためにどのような手を打つのかという点です。
実際、ミンスク合意を踏まえて、ゼレンスキー大統領が内戦の前線に赴き、アゾフ大隊に武装解除を求めたのですが、言うことを聞かなかったため「俺は大統領だぞ!」と叫んだところ、「それがどうした。帰れ、殴られたいのか!」と脅されたと言いますし、ミンスク合意の履行を政府内で提案したら、極右勢力から「そんなことを言ったら、俺たちはドンバスの奴らを皆殺しにするがそれでいいのか?」と迫られて、撤回したという話も漏れ伝わってきています。
要するに、ゼレンスキー大統領は「ウクライナ政府の象徴」ではありますが、「ウクライナ政府の権力者」ではないので、プーチンがゼレンスキーと和平で合意したとしても、履行される保証が何もないのです。したたかなプーチンのことですから、和平合意の後、極右勢力に対して、「1週間以内に国外に退去しろ!そうでなければ一掃する」と警告して逃亡を促すのかもしれませんが、極右勢力の背後には米国や軍産複合体が控えているので予断は許せません。
さらに気掛かりなのは、バイデン大統領の思惑です。バイデンには、上記の1)~4)だけでなく、個人的な5)の弱みもありますから、本格的な和平の道に向かうという流れになった場合、さらに踏み込んで、「第三次世界大戦の引き金を引いても、アメリカ大陸にさえ被害が及ばなければいい」という極めてワガママな判断を下してしまう可能性すら否定できません。
今回のワルシャワ演説では、「ロシアの体制変更(プーチンの失脚)」にまで踏み込み、ホワイトハウスの取り巻きたちが「そこまでは求めていない」と火消しに躍起になっていますが、バイデンは、自己の利益のためなら、米国の利益など無視して突っ走る可能性すらあります。だから、ウクライナの検事総長が息子を捕まえようとしたとき、ウクライナへの多額の貸付の見返りに、検事総長の更迭まで要求したのでしょう。要求するバイデンもバイデンですが、その要求に屈したウクライナもウクライナです。
それにしても、日本の軍事専門家という輩はまったく当てにならないということがわかりました。プーチンは、以下の理由で、当初から、①非ナチ化(極右勢力の排除)、②中立化、③非武装化、④ドンバスの独立とクリミアのロシア統合承認、という目的に関しては十分な戦力を投入するが、それ以上の全面戦争は回避するという目算であったと思われます。
1)ウクライナを占領してしまえば、ポーランドなどのNATO諸国と隣接することになり、ウクライナを緩衝地帯にするという大目的からずれてしまう。だから、キエフ近郊に侵攻はするが、市街戦はできる限り避ける(無論、キエフにいる極右勢力の本丸を排除できそうであれば、一時的な占拠はあり得る)
2)全面的な戦争になれば、NATOや米軍が関与する可能性が高まる。それは、ウクライナを緩衝地帯にして、NATOとの戦争を避けるという大目的からずれてしまう。だから、軍事施設などに絞った攻撃に特化して市民の被害は極力避ける(無論、誤爆などもあるから、市民の被害がかなりの規模で出ることは覚悟)。
3)ウクライナの占領ではなく、①~④をある程度呑ませた上での和平合意を目指すのであれば、ウクライナに対しても「和平への出口」を開けておかなければならない。だからこそ、皆殺しする全面侵攻ではなく、極右勢力の拠点を壊滅させるという作戦をとる(しかし、アゾフ大隊が「人間の盾」などの非道な戦術をとる以上、市民の被害は避けられない)
だからこそ、軍事常識ではあり得ない少数の軍隊で、ロシアはウクライナ侵攻を開始したのだと思われます。それは、プーチンが占領を目的とせず、全面戦争を避けながら、和平合意の道を探るという作戦だったからなのでしょう。
ところが、日本の軍事専門家と称する素人たちは、上記のプーチンの思惑をまったく理解せず、「こんな少数の軍隊で進軍するとは気が狂ったとしか思えない」「キエフを占領するのに時間がかかりすぎている」「プーチンの作戦は失敗した」などと米国に味付けされた「ウクライナびいきの情報」を鵜呑みにして言いたい放題。情けなくて論評にも値しません。
プーチンが嫌いであろうが、ロシアが悪であろうが、戦争が始まってしまえば、あるのは勝敗だけ。そこで必要なのは、戦争目的を達成するために必要な戦況に関する冷徹な分析です。プーチンが好きか嫌いか、ロシアが善か悪か、プーチンやロシアが信用できるか否かなどは関係がありません。自分の価値観や善悪の判断は、和平が成立した戦後に行えばいい。どちらが優勢で、どこで戦争を終わらせることができるのか、その際の和平条件は何か、ということが重要なのに、そういう議論ができないことに愕然としました。
アホなにわか軍事評論家に至っては、「ロシア軍の兵糧はあと3日で尽きるので、ウクライナが勝ちます」「プーチンは戦争犯罪人として裁かれなければなりません」などと意気軒高に解説する始末。イラク侵攻の戦争犯罪人は裁かれましたか? リビア爆撃の戦争犯罪人は死刑になりましたか? ドローンで無辜の市民を多数殺戮したオバマ大統領は断罪されましたか? そんなことにすら答えられない。あまりのレベルの低さに卒倒しそうになります。
日本の国益を考えれば、日本政府は、2014年以降において、ロシアとの正面衝突を嫌がっていたヨーロッパと歩調を合わせて、米国民主党が推し進めた「NATOの東方侵攻」を食い止めるべきでした。当時副大統領だったバイデンがウクライナを煽らなければ、そして米国が極右勢力を太らせなければ、今回の危機は回避できました。ゼレンスキーをロシアと戦う気にさせて挑発行為をさせ、プーチンに対して「ウクライナに侵攻したら、とんでもない経済制裁をするぞ!」と言いながら、「参戦しない」ことを公言して、ロシアを侵攻に誘い込んだバイデンの策略はなかなかに巧みです。
日本は、あまりにも情報戦に弱い。情けないほど弱すぎます。ゼレンスキー万歳を全員で喝采する国会議員や、原爆を落とした張本人を横にしながら、ロシアの原爆使用を非難する岸田首相の姿は無残なほど滑稽です。現状を分析すれば、おそらく、なんらかの和平交渉に進む確率は7割で、米国の横槍で泥沼化する確率は3割というところ。日本としては、国益を第一に考え、和平が実現した際には、いち早くロシアとの関係正常化に走らなければなりません。
中国とロシアが緊密になることは、日本の国益上、最も避けなければならないことのひとつです。日本の隣国には、中国とロシアだけでなく、鉄砲玉の北朝鮮もいます。台湾や尖閣でいざとなったときに、バイデンが日本を守るわけがありません。ウクライナと同じで「武器は売ってあげるから、自分で戦いなさい」と言われて終わりでしょう。実際、アフガンの撤退の際にバイデンは「自国民が戦おうとしないのに、米兵の血は流せない」と明言しています。
それが、魑魅魍魎が巣食い、権謀術数が渦巻く国際政治の実像です。日本の軍事専門家や政治家はあまりにもナイーブです。



 【読む・観る・理解を深める】
【ウクライナ情勢を分析する際の留意点①】プーチンはなぜ侵攻に踏み切ったのか?
【ウクライナ情勢を分析する際の留意点②】米国の思惑とウクライナの実情を知る
➡ 
元 CIA の Larry Johnson が自分自身でHPを運営して、ウクライナ情勢について解説しています。極めて詳細な分析なので、大変参考になります。
➡ NATOで5年間従軍していた経験を持つ「スイスの元情報将校」がウクライナ戦争の実態を語っています。
➡ メインメディアの報道と事実は異なり、すでにウクライナ軍はロシア軍に敗北した???
➡ 軍事専門家 Scott Ritter は「ロシアは情報戦に興味がなく、地上戦での勝利に集中している。西側の情報では実際の戦況はわからないが、ロシアは軍事目標を達成したように見える」と指摘。
➡ 元米陸軍大佐 Douglas McGregor による分析は、米国の主流マスコミとはかなり異なります。MUST WATCH!
➡ ウクライナ危機の歴史・背景・実情に関する解説動画です。ものすごく勉強になります。ロシアのディスインフォーメーションだと断じる人たちこそ、観るべき動画です。
➡ ウクライナを語るのであれば、最低限「オデッサの惨劇」を知っておく必要があります。この事件を知らなければ、今回のロシア侵攻を語る資格はないと思います。