今後のロシア経済を予測する際の留意点(2)―― プーチンが仕掛ける「ルーブル金本位制」――(2022.4.17)
武力の衝突であろうが、経済の闘争であろうが、「正邪」と「好悪」と「勝敗」を峻別せずに実態を把握しようとすれば、「願望」と「憶測」と「分析」の境界線が曖昧になり、実態を正確に認識することが困難になります。残念ながら、ウクライナ危機に関しては、「正邪」の感情論だけが先走って、「好悪」が判断材料となりがちで、「勝敗」を冷静に分析しているメディアがありません。このため、「分析」と言いながら、「憶測」にすぎない解説や「願望」を示しているだけの論評がほとんどで、経営判断や政策決定に役立たない情報が多すぎます。
「ロシア=邪」という「正邪」で戦況や景況を判断すると、「ウクライナ軍は健闘している」「ロシア経済は崩壊する」という先入観が入り込み、「ロシア嫌い」という「好悪」が実態に関する「憶測」に影響します。そうなると、自分の「願望」を「憶測」に投影してしまうので、「憶測」と異なる「勝敗」の兆しがあっても気付くことができません。いま西側メディアの報道内容は大きく歪んでいます。無論、ロシアの報道もフェイクまみれですが、日本の報道は、大きく歪んでいる西側メディアの劣化コピーなので、噴飯物のフェイクニュースが大手を振って横行しています。しかも、「専門家」と名乗る人種が、その劣化コピーのニュースを基にした浅い知識で論評しているため、聞くに堪えないレベルです。
本稿では、「正邪」や「好悪」という側面を徹底的に排し、経済の闘争における「勝負」を純粋に「分析」するという観点から、プーチンが現在米国に対して仕掛けている経済戦争という「勝負」を「分析」します。以前の小論においては、「ドル本位制」に対抗するため、ユーロや人民元とともにルーブルを「SWIFT 2.0」の基軸通貨にするというプーチンの通貨戦略を説明しましたが、今回は、ルーブル自体の価値を高める「ルーブル金本位制」に焦点を当てて解説します。
1.はじめに
4月11日、ロシアのラブロフ外相は、「ロシアは、米国が支配する世界秩序に終止符を打つ(put an end to the reckless expansion and the reckless course toward the total dominance of the United States)」と公言したため、日本を除く各国では、一大ニュースとして報じられました。軍事的な観点からも、また、国際通貨体制を分析するという観点からも、決して無視できない極めて重大な発言です。この発言すら報道せず、分析・評価できない日本のマスコミは終わっています。
例えば、日本の市場関係者たちは、ロシア国債のデフォルトを問題視していますが、プーチンは、FRBのドル預金が凍結された際に、「ロシア中央銀行がFRBに預けていたドル預金は凍結された。つまり、米国のFRBは、契約で約束したことを反故にし、私たちのドル引き落としの要求を履行しない。つまり、米国FRBはデフォルトしたのだ」と主張しています。じつは、この主張に反論することは極めて困難です。そして、プーチンは「紙幣は信用を失った。これから通用する通貨は、実物資産で裏付けされたものになるだろう」と断言しました。そういう流れの中で、「ルーブル金本位制」が浮上していることに注意すべきです。
プーチンが行った演説の内容を分析しますと、FRBのドル預金を凍結された腹いせで怒りにまかせてぶちまけた発言とは思えない高い水準です。おそらく、FRBにおけるドル預金の凍結リスクを予期した上で、万が一、そうなった際に間髪を入れずに、世界に向けて発信するメッセージとして周到に準備したものだと思われます。その意味で、プーチンが今回仕掛けた「ルーブル金本位制」は、かなり考え抜いた作戦である可能性が高いという前提で「分析」すべきです。
2.ロシア中央銀行による金塊の購入
3月25日、ロシア中央銀行が金塊をルーブルの固定価格で購入すると発表したとき、マーケットでは、「ロシアは金本位制を導入するのか?」という話題が飛び交い、プーチンによる「ルーブルと金塊を固定価格で紐付けるという試み」については、「金本位制なんてできるわけがない」「ルーブルよりも金塊を求める人が殺到して、ルーブル自体が崩壊する」「金本位制にすれば、通貨量が固定されて、経済がデフレ気味になるから、ロシア経済はさらにダメージを被る」などという否定的な見解がほとんどでした。というのも、ロシアは世界3位の金産出国ではありますが、ロシア中央銀行の金塊保有は2022年1月末時点で2000トン強(外貨準備の2割超)であり、世界5位の金保有国にすぎないからです。
また、経済制裁直後に下落していたルーブル建ての値段だけを見て、「この値段で金塊を買ったら、プーチンが儲かるだけだ」とか、ロシアがルーブル払いの場合に原油を安く売るところだけに注目して、「制裁に参加してない国が鞘を抜いて儲けることができる」という評価で終わってしまい、金塊の固定価格に紐付けした通貨戦略の側面に着目しない人たちも少なくありません。せいぜいが「ルーブルが安くなれば、原油購入を考えている国が事前にルーブルを買うので、通貨価値が安定する」という指摘がある程度でした。プーチンが、金塊とルーブルとをわざわざ紐付けたことの意味は深く堀り下げられていないのが実情です。
後述しますが、今回、ロシアが提示した仕組み全体を俯瞰すると、市場間の裁定取引を考える投機家にとって、極めて魅力的なマーケットが誕生したことに気付くことができます。そして、この魅力的なマーケットに参加するプレーヤーが増えていくことを予見できます。「ルーブル金本位制」の表面だけを見て失敗を予測している人たちは、この新制度に秘められた思惑を見落としています。
じつはロシア政府は、金塊の売買に20%の付加価値税(≒消費税)を課していましたが、3月1日から課税の対象外にしています。要するに、ロシアにおける金塊は、付加価値税の対象となる「商品」ではなく、付加価値税の対象ではない「通貨」になったわけです。このように「金融システム」に関するプーチンの施策はかなり考え抜かれています。例えば、クレジットカードについては、決済システムをロシア国内に設置するように命じただけでなく、代替用のロシア製クレジットカード(MIR)を普及させていたので、VISAやMasterCardが撤退しても何ら問題はありませんでした。決して一夜漬けの素人考えではありません。
3.「ルーブル金本位制」の枠組み
現時点において明らかになっている情報では、ロシアが提案している「ルーブル金本位制」は、下記の仕組みになっています。
① ロシア中央銀行は、ルーブル建ての固定価格(変更する場合もある)で市中から金塊を購入する。ただし、購入量はロシア中央銀行が決める。
② ロシアの原油や天然ガスを購入する者は、エネルギー業者に対して、ルーブルもしくは金塊(固定価格による)で支払う義務を負う。
③ ロシアの原油や天然ガスを②の条件で購入する者には、市場価格から20~30%のディスカウントを提供する(「非友好国」はディスカウントなし)。
上記の仕組みの下で、「非友好国」ではない国に所属する業者にとっては、下記の裁定取引(アービトラージ)をする機会が出現します。
① 業者は、ドルなどを支払い、市場価格(≒ロシア中央銀行が提示する固定価格)で、マーケットから金塊を購入する。
② 業者は、その金塊をロシアのエネルギー業者に譲渡することによって、原油や天然ガスを市場価格の20~30%引きで受領する権利を得る。
③ 業者は、その原油や天然ガスを受領する権利を、原油や天然ガスを必要とする第三者に譲渡する。
④ 業者は、20~30%の粗利を得る。
つまり、プーチンは、「非友好国」に所属していない投機家たちに対して、ルーブルを介することなく、巨額の利益を得る機会を提供しているわけです。しかも、原油や天然ガスを必要としている第三者からすれば、「ロシアから直接ルーブルでは買っていない」とバイデン政府に言い張ることができるわけですから、潜在的な最終購入客は、「経済制裁に参加しているものの、ロシア産の原油や天然ガスを必要としている国」を含めて、極めて多く存在しています。
現実問題として、20~30%の明らかな粗利が見えているアービトラージはなかなかありませんから、この取引を積極的に行う業者は少なからず出てきます。開示義務が除外されている米系ヘッジファンドが「非友好国」のビークルを活用したり、イスラエルの業者が裁定取引者として大活躍する可能性があります。
4.「裁定取引」という仕組みの内包
日本のマスコミでは、ロシアをぶっ叩く勇ましい話が飛び交っていますが、米国が主導した経済制裁の包囲網は綻び始めています。ハンガリーが公式にルーブルでの原油購入を公表したほか、エネルギーをロシアに依存しているドイツ・イタリア・オランダ・オーストリアなどは、さらなる経済制裁に及び腰になっています。政権を預かっている欧州の首脳たちは物価高で支持率が低くなりつつありますから、500万人を超えるウクライナ難民の流入という時限爆弾を抱えているだけに、ウクライナ戦争を煽って長期化や泥沼化を図るのは、米国と英国ぐらいでしょう。フランスのマクロン大統領も物価高と難民問題で再選が怪しくなってきています。そもそも、輸入禁止を唱えている米国自身が3月末にロシア産の原油輸入を増やしていたという事実が発覚しているぐらいなのですから。
要するに、日本のマスコミが毎日のように報じている「世界から孤立したロシア経済は崩壊する」という陳腐なストーリーは、あまりにも現実から懸け離れているのです。実際、ロシアを国連人権理事会から脱退させる決議でも、反対と棄権を合わせれば、ほぼ同数の賛成しかありません。経済制裁に参加していない国が150ヶ国(制裁参加国の3倍)もある以上、ロシアが提供した上記の裁定取引で富を増やそうとする国や業者は、極めて多く存在していると想定されます。実際、インフレと貿易赤字に苦しむトルコはNATOの構成国ですが、経済制裁に加わらないことを公言しました。物価高に最近のパキスタンやペルーやスリランカにおける政権交代や暴動を見れば分かるように、物価高による生活困窮は、政権基盤を揺るがしかねません。それは世界共通の条理です。だから、市場価格から20~30%安いロシア産原油は喉から手が出るほど欲しいはずです。
それにも増して、この仕組みが優れているのは、この裁定取引が増えれば増えるほど、その結果として、世界中の金塊がロシア中央銀行に自動的に集まることになるという点です。その結果、「ロシア中央銀行にこれだけの金塊が集まるのであれば、ロシアは『従来の金本位制』を導入できるかもしれない」という市場参加者の読みが強まり、マーケットにおける期待が高まります。そうなれば、そうなるほど、金塊と固定価格で紐付けされているルーブルの価値は安定し、その一方で「金塊に紐付けられておらず、戦争などがあると凍結されるかもしれない米ドル」の魅力は相対的に下がるという巧妙な仕掛けになっています。
5.「ルーブル金本位制」の枠組み
つまり、プーチンが打ち出した「ルーブル金本位制」は、「固定価格で金塊との交換を可能にする」という「従来の金本位制」とは異なります。要するに、
① ロシア中央銀行は、金塊購入に関するルーブル建ての固定価格を示し、市中から金塊を買う際の指標を示す。
② ロシア中央銀行は、ルーブルと金塊の交換義務を負わない。したがって、固定価格のルーブルを譲渡して、ロシア中央銀行から金塊を得る権利はない。
③ ロシア産の原油や天然ガス(将来的には食糧も含む)の購入者には、エネルギー業者に対して、ルーブルもしくは固定価格の金塊で支払わせる。
という特徴を持つ「ルーブル金塊システム」として当初の設計がなされているわけです。この仕組みであれば、ロシア中央銀行は、「従来の金本位制」とは異なり、ロシア中央銀行が保有する金塊の量によって、ルーブルの発行量が制限されませんし、金融政策の施行に支障が生じることはありません。ロシア中央銀行は、必要に応じて、ロシア経済に対して成長通貨を供給することができます。
つまり、プーチンは「従来の金本位制」を導入するように見せ掛けながら、じつは、そんな単純なことは考えていないわけです。そうではなく、①20~30%の粗利が存在することを市場参加者に明示することによって、金塊と原油・天然ガスとの裁定取引へと誘導し、②自動的に金塊をロシアに集め、市中での金塊を不足気味に維持して、金価格を引き上げることにより、③固定価格を示しているルーブルの価値を間接的に安定化させることを狙っています。つまり、マーケットで話題となっている「金本位制の採用」は目くらましにすぎず、本当の目的は、①原油や天然ガスの20~30%の割引販売において、②金塊による代金の支払を認め、③市場参加者に対して裁定取引の明示的なチャンスを与えることにより、④市場の金塊を自動的にロシアに集めることにあるわけです。
この仕組みが軌道に乗ったところで、プーチンが「いかなる状況になっても、例えば、戦争の相手国になったとしても、ロシア政府は、米国のように、中央銀行に預け入れられたルーブル預金を凍結することはない!」などと公言すれば、ドル本位制は一気に崩壊に向かうでしょう。いずれにせよ、上述した裁定取引が増えていけば、各国はロシア産原油の輸入にルーブルもしくは金塊を使いますから、原油取引を米ドルに紐付けしていたペトロダラー体制は瓦解し始めます。
6.ロシア中央銀行による「金塊保管システム」の提供
さらに、プーチンが先を読んで布石を打っているならば、ロシア中央銀行が保有している金塊の所有権を自由に売買させることを考えているはずです。つまり、ロシア中央銀行は、金塊の保管庫として、保有していた金塊を保管し続けますが、金塊の購入者に対しては、金塊保有の口座を開設し、所有権を示す「金塊保管証書」を手交するわけです。これらの取引を紙ベースで行う必要はありません。デジタルかつリモートで行えば、ロシア中央銀行が発行する「金塊保管証書」は、「金塊」の数量で表記した「預金通帳」と同じ意味合いを示すことになります。
物価が不安定なロシアでは、商業銀行が金塊を販売しており、顧客の金塊を保管する際に、「metal accounts(金属口座)」を提供しています。これらの口座は、個人・法人を問わず広く普及しており、ロシア人にとっては身近な存在です。この「口座」から金塊を引き出すと、付加価値税(20%)がかかりますが、「口座」で金塊を保有し続けている限り、付加価値税はかからないという扱いになっています。その市場慣行を援用するのであれば、ロシア中央銀行に預けた金塊を引き出す場合に、国内外を問わず、付加価値税(20%)の除外措置を適用しない(あるいは特別付加価値税50%等を課す)だけで、実質的に「引き出し禁止」と同様の効果を生み出すと思われますが、単純にロシア中央銀行が現物を引き出すことを禁止してしまうことでもよいのかもしれません。
金塊現物の引き出しが発生しないのであれば、ロシア中央銀行は、実質的に上限なく、購入希望者に対して、ルーブル建ての固定価格で金塊を売却することができます。ロシア中央銀行から金塊を購入する者は、基本的に、それで得た「金塊保管証書=metal accountsの残高」をエネルギー業者に譲渡して、原油や天然ガスを購入するか、第三者に譲渡して利鞘を稼ぐことにあるわけですから、金塊の引き渡しがなくても特段困ることはありません。ロシア中央銀行にとっても、金塊の保管者として、口座開設者の金塊保有量を記録し、移動があった場合に記録している数量を変更するだけですから、銀行の通常業務と変わりはありません。
そこで、ロシア中央銀行が、この「保有金塊の保管システム」の端末をプレーヤーに提供して、銀行システムと相互通信できるようにしたならば、プレーヤーは、端末において金塊の譲渡が自由にできるようになるだけでなく、銀行預金のシステムとつなぐことで金塊の売買も自由にできるようになります。そうなると、裁定取引はさらに容易になります。すなわち、
① 業者は、ドルなどの外貨をルーブルに両替する。
② 業者は、ルーブル建ての固定価格で、ロシア中央銀行が保有している金塊を購入し、「金塊保管証書」を受領(metal accountsの数量増)する。
③ 業者は、「金塊保管証書」をエネルギー業者に譲渡(metal accountsの数量減)して、原油や天然ガスを市場価格の20~30%引きで受領する権利を得る。
④ 業者は、その原油や天然ガスを受領する権利を、原油や天然ガスを必要とする第三者に譲渡し、ドルなどを得る。
⑤ 業者は、20~30%の粗利を得る。
という取引になりますから、アービトラージがより簡便になります。ここまで市場が整備されれば、この裁定取引に興味を示す業者は、飛躍的に増えるでしょう。
7.「原油管理システム」「天然ガス管理システム」の提供
そして、さらにプーチンが先を読んで布石を打っているとすれば、同様の手法で「原油管理システム」や「天然ガス管理システム」を業者に対して広く提供することも同時に準備しているはずです。そうなれば、
① 業者は、ドルなどの外貨をルーブルに両替する。
② 業者は、ルーブル建ての固定価格で、ロシア中央銀行が保有している金塊を購入し、「金塊保管証書」を受領(metal accountsの数量増)する。
③ 業者は、「金塊保管証書」をエネルギー業者に譲渡(metal accountsの数量減)することによって、原油あるいは天然ガスを市場価格の20~30%引きで購入して、「原油・天然ガス保管証書」を入手(原油口座《oil accounts》・天然ガス口座《natural gas accounts》の数量増)する。
④ 業者は、「原油・天然ガス保管証書」を原油や天然ガスを必要とする第三者に譲渡(原油口座・天然ガス口座の数量減)して、ドルなどを得る。
⑤ 業者は、20~30%の粗利を得る。
ということになって、簡単に儲けられる機会が市場関係者の前にいきなり現れます。この魅力に抗しきれることのできる市場関係者はおそらくいません。
現時点で調べた限りでは、ロシアにおいて、「金塊保管システム」や「原油管理システム」などを提供するというニュースは報じられていないので、そこまでの準備はないのかもしれませんが、この取引に必要なシステムは、最先端の技術を必要としない標準的なものであり、実務的には、商業銀行が「metal account」を管理しているシステムを使えばよいだけなので、プーチンが本気になれば、長い期間を必要とせずに業者に対して提供することが可能です。
あるいは、商品取引所のシステムを使うことでも対応できます。ロシア取引システム(RTS)とモスクワ銀行間通貨取引所(MICEX)の合併により2011年に誕生したモスクワ証券取引所(MOEX)は、金塊の現物と先物を上場していますし、2008年から精製製品と石油化学製品を上場し、2010年からそれらの先物を上場しているサンクトぺテルベルク国際商品取引所(SPIMEX)は、2013年に原油(先物2016年)を上場し、2014年に天然ガスを上場しています。したがって、MOEXにロシア中央銀行が保有する金塊を上場し、SPIMEXに輸出用の原油に特化した原油や天然ガスを上場すれば、極めて短期間で対応することが可能です(2014年前後からSPIMEXでの上場が増加していることは示唆的です)。
ロシアが、裁定取引を行う業者のために、「金塊保管システム」や「原油管理システム」などの提供まで準備していたとすれば、プーチンがぶち上げた「ルーブル金本位制」が成功する可能性は極めて高くなります。というのは、「metal accounts」で表示されるロシア中央銀行の保管金塊量を示す残高は、「金塊で裏打ちされている通貨量」に他ならないからです。その「metal accounts」で表記されている金塊量とルーブルが一定の固定価格で紐付けされる(ルーブル建ての固定価格でロシア中央銀行から金塊が購入できる)わけですから、ルーブルは間接的にロシア中央銀行が保管している金塊で裏打ちされることになります。「これは事実上の金本位制だ」と言い張られても間違いだとは言えません。
先を読める国であれば、「うちの商品取引所で上場させてくれ」と言ってくるに違いありません。シンガポールを追い抜いて、アジアを代表する国際金融センターになることを狙っている中国であれば、「上海商品取引所に独占的に上場させてくれ」という要請をすでに行っている可能性もあります。EUがロシアからのエネルギー輸入を絞っていく中で、大口の原油輸入先となる中国の業者にとって、ロシア産原油の他国への転売は、極めて美味しいビジネスです。そういう状況下で、ロシア中央銀行保有の金塊やロシア産の原油・天然ガスを上海商品取引所に上場させることができれば、取引量が爆増することは間違いありません。シンガポールにない強みを持ちたい上海にとって絶好の追い風になります。
8.「ドル一強時代」の終わりの始まり
プーチンは、8年の歳月をかけて、米国と戦うための布石を巧妙かつ広範に打ってきました。その布石が整ったところで、米国が経済制裁として「FRBにおけるドル預金の凍結」という禁じ手を断行した瞬間に、米国に対して大きなダメージを与え得る「ドル本位制の崩壊」というクロスカウンターを放ったわけです。「FRBにおけるドル預金の凍結」という米国の攻めが「ハードカレンシーとしてのドルの価値を著しく傷つける」というデメリットと表裏一体であったことは、いまや多くの市場関係者や政府高官において広く認識されつつあります。ドルの優位性が消滅することはないでしょうが、リスクマネジメント上、ポートフォリオにおけるドル資産の比率を下げるプレーヤーは間違いなく増えます。
ロシア中央銀行が、数年かけて米国債の保有残高を激減させて、着実に金塊を買い貯めてきたのは、万が一、米国が禁じ手を用いたときに、今回の「ルーブル金本位制」を発動するという深謀遠慮があったからでしょう。2005年にプーチンは、「It’s noteworthy that more and more of the Central Bank’s attention is now being drawn to the precious metals produced in the territory of Russia for the formation of foreign exchange reserves. The gold and foreign exchange industry is crucial in our country, a leading industry in Russia. Moreover, developing trends in world markets in currencies and commodities – show that world gold demand has, for a very long period of time, exceeded supply. All this makes this gold industry very attractive for the government and for private companies」と語っていますから、「ルーブル金本位制」は決して単なる思い付きではありません。
すでに、原油取引をドル建てとするペトロダラー体制は、綻びが見えてきています。ロシア産原油については、ハンガリーやバチカンがルーブル建てで合意したと報じられているだけでなく、大陸の欧州諸国においても「ユーロ払」と言いつつ、ガスプロムバンクなどにユーロを振り込めば、自動的にルーブルに交換する仕組みを整えています(米国に対しては「ユーロで支払った」と強弁する)。ロシアとの原油取引を見直すように米国から迫られたインドも言質を取らせず、「自国のエネルギー政策は自国で決める」という方向を堅持し、為替リスクをインドからロシアへの輸出を増やすという方針で対応しようとしています。
人民元での取引を進めているサウジアラビアやUAEは、「ドル建」にするか否かというカードを常に持っている状況になりましたから、今後は「ペトロダラー体制からの離脱」というカードが米国との交渉で常に使われることになります。「ドル一強時代」の終わりは既に始まったと見たほうが良いのかもしれません。
9.「代替経済圏」の形成と「SWIFT 2.0」の進展
日本のマスコミでは、「ロシア経済は、欧米による厳しい経済制裁で崩壊する」という予測が未だに乱れ飛んでいますが、本年1~3月におけるロシアの貿易黒字は、エネルギー価格の高騰等により昨年の2.5倍になっています。外貨がなくて輸入ができないという状況にはほど遠い状況です。ロシアに対する経済制裁に参加しなかった国は概ね150ヶ国もありますから、ロシアは、これらの国を仲介して、「経済制裁をしている国」との貿易を行うことすら可能です。米国は「ロシアは世界で孤立している」という印象操作に余念がありませんが、国際社会の実態はその印象からはほど遠いと見た方がよいでしょう。
そういう中で、4月8日、BRICSの財務相会合が開催され、ロシアが各国に対して、自国通貨での国際取引の推進や決済システムの統合を提案し、大筋で合意しました。ロシアは、BRICS間の決済サービスをロシアの銀行が提供できることを提示しています。サウジアラビアやUAEなどの産油国や、食糧価格の高騰に悩むアフリカ諸国は、ロシアが提案しているこの試みに賛同しそうですし、メキシコなどの中米やインドネシアなどの東南アジア、そして南米諸国も賛意を示すかもしれません。長年にわたる米国やNATOによるダブルスタンダードや偽善には付き合い切れないと考えている国は、ロシア以外にも多いようです。
もしロシアが、長年敵対関係にあった中国とインドの和解に成功し、一定期間の不戦条約を締結させて、自らも不戦条約に入るとすれば、この3ヶ国の結び付きは極めて緊密なものになります。そうなれば、大きな経済圏を構成することになりますし、SPFS・CIPSを中核とした国際決済システムの統合は一気に進むでしょう。この流れにブラジルと南アフリカを呼び込み、中東やアフリカ、中南米・東南アジアの諸国を勧誘していけば、欧米を除いた「代替経済圏(Alternative Economic Zone)」とでも呼ぶべき極めて巨大な経済圏が成立します。
つまり、「ロシアを世界で孤立させる」という米国の思惑とは異なり、可能性はまだ低いとは思われるものの、逆に「欧米が世界で孤立してしまう」というリスクの兆しが顕現化しているわけです。さらに、米英がウクライナ戦争の長期化・泥沼化を狙っていることに対して、心の中では嫌悪している欧州大陸の国は少なくありませんから、プーチンが、ユーロを基軸通貨の主役とする「SWIFT 2.0」に欧州大陸の諸国を勧誘するだけでなく、経済制裁を止めれば、「非友好国」の対象国から外してエネルギー価格を20~30%ディスカウントすると提案すれば、インフレとウクライナ難民に困り果てている欧州大陸の国は、ウクライナ戦争の早期の和平を望み、米英から距離を置くという展開も十分に考えられます。
ウクライナ難民は500万人を超え、ポーランドだけで300万人を超えています。ポーランドは1家族で1人受け入れるという政策を実施していますが、都会に住みたいというウクライナ難民の希望と乖離があり、頭の痛い政治問題になりつつあります。あと1ヶ月もすれば、熱狂的な「難民歓迎」の声は消えて、各国の国民も我に返って以前の考えに戻るかもしれません。すでにイタリアやフランスでは、「経済制裁で国民がインフレで苦しんでいるのに、どうして私たちの税金を、ウクライナ難民のために使うのか?」という疑問が表に出始めました。
そういう状況下、米国とともに、ウクライナ戦争の長期化・泥沼化を煽っている英国が、ウクライナ難民を3,200人引き受ける一方で、増加し続けている密航者たち(多くは非白人)をアフリカのルワンダに移送すると4月14日に発表しました。それを切っ掛けに「白人優遇だ!非白人は差別するのか!」という批判が爆発。ただでさえ、中東やアフリカでは、シリア難民やイエメン難民に対する扱いとウクライナ難民の扱いが違い過ぎるとして不満が溜まっていましたから、欧米諸国のダブルスタンダードや偽善に対する非難が大きくなっています。
中東やアフリカにおいては、今回のウクライナ戦争でロシアを戦争犯罪人と断罪する米英の主張に対して、「イラクはどうした?」「リビアはどうだった?」という反論がすぐに飛んできますし、ウクライナ難民に対する支援についても、「白人だけ救うのか!」「イエメンはどうした?」「パレスチナを忘れたのか?」などと矢継ぎ早に厳しい指摘が続きます。特に、経済制裁を発端とした食糧価格の大幅高は、アフリカ諸国にとっては死活問題であり、自国がいつパキスタンやスリランカのようになるかわからない状況ですから、経済制裁を煽っている米英の主張は、国際世論全体から見ると異端と見たほうがよい状況にあります。つまり、冷徹に国際社会の現状を俯瞰すれば、「ロシアが世界で孤立する」どころか、「米英が世界で孤立してしまう」というリスクが芽生えつつあるわけです。
10.「日本の国益」からの留意点
万が一、「米英が世界で孤立してしまう」というリスクが実現した場合、エネルギーと食糧を輸入に頼っている日本は、米英側のメリットよりも、デメリットが際立ってきます。日本は、「とにかく米国に従えばよい」というスタンスではなく、上記のような複合的に展開する複雑な国際環境の中で、「日本の国益」をどう守るかという点を再考すべきです。少なくとも、ロシアが主導する「代替的経済圏」が成立する可能性や、「SWIFT 2.0」やインフレ・難民問題を切っ掛けに欧州大陸諸国と米英が離反するリスクについては、敏感であるべきでしょう。
エネルギーも食糧も自給できない日本は、経済的に極めて脆弱なポジションに置かれています。頼みの貿易収支も、構造的に赤字が長期的に続く懸念すら出てきています。対外資産が大きいので、すぐさま外貨に困るという事態には陥りませんが、大幅な円安に襲われており、かと言って、金利引き上げなど不可能に近い現状に鑑みれば、日本も中長期的に円建取引の増大という地道な対策を進めるべきです。「ドル一強時代」の終わりが始まる中で、相対的に長期的なドル安が懸念されるようになれば、「ドルと円の連れ安」すら懸念されるからです。
いずれにせよ、ウクライナ戦争の長期化・泥沼化は、日本の国益には何らプラスになりません。バイデン政権は「プーチンの失脚」を狙って、ウクライナの国土と市民がいかに犠牲になろうが続けるつもりでしょうが、「プーチンの失脚」が実現しないのであれば、日本は国防的にも経済的にも大きなマイナスです。米国の方針に異議を唱える形になるため、極めて困難かもしれませんが、日本としては、「即時停戦・和解協議」を提案しているハンガリーや、NATOに所属しながらも経済制裁には参加せず和解を仲介するポジションを取っているトルコなどと歩調を合わせ、欧州大陸諸国と示し合わせて「早期和解」の道を探るべきです。
米国との関係で、上記のポジションをとることが難しいのならば、万が一「代替経済圏」が成立したときに備えて、日本は「代替経済圏」に関する方針を決め、目指すべき着地点に向けて着実に布石を打ち、最悪の事態に陥ったとしても、英米とともに世界から孤立するのではなく、「代替経済圏」と米英の仲介ができる立場を勝ち取るべきです。日本企業の経営者は、上記の認識を明確に持った上で、「代替経済圏(AEZ)」や「SWIFT 2.0」の動きに注意を凝らし、日本が置いていかれたり、孤立してしまうことのないように、留意すべき現状があれば、政権要路の政治家に伝え、巧みな外交戦略を取るように働きかけることが必要です。
ロシアの経済戦争は、広範かつ詳細に計画されており、各所で実行されています。日本では、丸亀製麺の店舗がフランチャイジーによって無断活用されているというニュースが「ロシアはズルい」という文脈で報じられていますが、フランチャイジー契約においては、契約期間におけるフランチャイザーの供給責任や支援責任が明記されていますから、勝手にフランチャイザーが撤退を決定すれば、契約違反として巨額の違約金をフランチャイジーに支払う義務があるのは明白。実際、米系資本のバーガーキングのフランチャイジーはそのまま営業を続けています。外資系企業の撤退ごときは、先ほど触れたクレジットカードの対処から見ても、プーチンにとっては想定内であり、対処済みであったと思われます。
いまは、「日本の国益」にとって正念場です。判断を誤れば、禍根を残します。
【読む・観る・理解を深める】
➡ IMF がプーチンが仕掛けた「ドル本位制の崩壊」という経済戦争に気付きました。しかし、中国・インドはロシア側につくでしょう。サウジ・UAE・ブラジル・南アフリカも参加するか?
➡ CIPS は、経済制裁を受けたロシアとの連携でどう変身するのか?
➡ The Bretton Woods 3:国際金融システムが大変革する!
➡ プーチンと習近平は、ドルを基軸通貨とした国際経済に戦いを挑む?! これは両国にとってチャレンジする価値のある戦いだ!
➡ ペトロダラー体制の崩壊?:これって、マジで「ドル本位制」から「マルチカレンシー制」へと展開したい勢力がかなりいるってことだよね。
➡ プーチンは、マジで「米ドル経済圏からの離脱」を考えているのか? もし、そうなら、一大事件だ! 中国・インド・ブラジルは追随するだろう。
➡ 経済制裁でプーチンは失脚しませんよ。キューバを見なさい。イランを見なさい。それが現実です。
➡ ロシア経済の今後について、実務家が予測しています。ロシアは村八分になる? でも、デフォルトはしない?
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