下記の記事は、「内閣官房HP」から「新型インフルエンザ等対策HP」に行き、「過去のパンデミックレビュー」をクリックしたら、辿り着くことができます。つまり、「官邸も、メディアも、よくわかっているはずのこと」が書かれています。そして、この記事をよく読めば、官邸も、メディアも、この10年間何も学ばず、いまも学んでいないことを良く確認することができます。

2009年新型インフルエンザ ―「未知の感染症」をどのように報じたのか?―【抜粋】
日本経済新聞社編集局社会部次長  前村 聡

Ⅰ. 「新型」発生をめぐる報道 ~「海外で57人死亡」の衝撃

「メキシコ市周辺で57人が死亡した疑いがある」。2009年4月24日、米国とメキシコ周辺で豚が感染するインフルエンザウイルスに数百人が感染しており、死者が相次いでいることを世界保健機関(WHO)が発表した。WHOの発表を日本のメディアでは時事通信が同日午後7時37分に配信したのが一報だった。ここから新型インフルエンザ報道は一気に加熱していった。・・・日本時間の午後9時すぎにはメキシコの保健相が「新型インフルエンザが発生したとして、首都のメキシコ市と中部のすべての学校を休校にする」と発表。世界的な警戒が高まるなか、翌4月25日付の朝刊では、朝日新聞は1面トップ記事として「豚インフルか、60人死亡 メキシコで感染の疑い800件」という見出しで大きく報じ、「毒性強い新型か」という解説記事も掲載した。日経新聞も「米・メキシコで豚インフル」として1面で報じた。4月25日は土曜日だったが、午前11時から厚生労働省9階にある記者会見室で、同省の新型インフルエンザ対策室長がWHOやCDCの海外情報を日本語にまとめた資料を配布して説明した。同時に、空港の検疫所で高熱の患者を見つけ出すため体表面の温度をチェックできるサーモグラフィーを導入するほか、夕方までに一般向けの電話相談窓口を開設することを明らかにした。

「日本でも多数の死者が出るかもしれない」。記者会見に参加した新聞やテレビの記者は危機意識を持ちながらも、厚生労働省の説明に対する質疑応答は声を荒らげることもなく淡々と進んだ。なぜだろうか。それは6年前の2003年、当時は新型インフルエンザの可能性が疑われたSARS(サーズ=重症急性呼吸器症候群)が海外で流行した経験を踏まえ、日本政府が新型インフルエンザに迅速に対応できるように感染症法を改正するなど対策を進めてきたことを知っているためだった。・・・日経新聞では、事前に「リスクをあおるのではなく、読者の不安を少なくするため、詳しい解説記事を積極的に掲載する」という方針を社内で確認しており、感染を予防するための方法を図解した記事などを用意し、新型インフルエンザに詳しい専門家にもネットワークづくりを進めて状況に応じて的確なコメントを掲載する態勢を整えていた。他紙も社説で「冷静に、警戒を怠りなく」(4月26日付朝日新聞朝刊)、「冷静に十分な警戒を」(4月27日付毎日新聞朝刊)、「まず感染状況の把握が肝要だ」(4月27日付読売新聞朝刊)と掲載し、記事も新型インフルエンザに対する解説を多く盛り込み、この段階では国民の不安をあおらない報道を強く意識していた。

Ⅱ. 水際対策をめぐる報道 ~「検疫で上陸防止」の誤解

海外での感染拡大のニュースが次第に報じられるなか、日本政府は感染した患者が確認されていないだけに島国であるメリットを最大限生かそうと、感染の疑いのある人を入国審査で厳しく検疫する「水際対策」に力を入れ、メディアも中心的に報じるようになっていった。だが水際対策には限界がある。インフルエンザに限らず感染症の多くは感染しても症状が出るまでの「潜伏期間」がある。季節性インフルエンザの場合、2~5日間とされる潜伏期間中、発熱やせき、くしゃみ、頭痛などの症状もなく、検疫で問診票やサーモグラフィーで体表面の温度を測ったとしてもすり抜けてしまう。新型インフルエンザの場合、出現したウイルスによって季節性と異なる可能性があるが、いずれにしても潜伏期間があるため、すり抜けを防ぐことはできない。・・・2003年にSARSが海外で流行した際には、日本政府は検疫にサーモグラフィーを導入するなど水際対策を強化したものの、台湾で新型インフルエンザの治療に当たっていた医師が観光のために日本を訪れて関西地方を旅行し、台湾に戻った後に発症したケースがあった。医師の立ち寄り先では「感染の恐れがあるのではないか」と大きな騒動となった。潜伏期間中の患者は入国の際も出国の際も検疫では感染を見抜くことはできないことは経験済みだった。

にもかかわらず、2009年の新型インフルエンザの流行の際には、麻生太郎首相(当時)が海外での流行を受けて4月26日に記者団に「日本に入ってきて広がるのを水際で止めなければならない」と発言した。さらにWHOが日本時間の4月28日午前5時すぎに新型インフルエンザの警戒水準(フェーズ)を「4」(感染地域は限定的であるが、人から人への連続した感染が確認された状態)に引き上げる発表を受け、同日午前7時から厚労省で緊急記者会見した舛添要一厚労相(当時)が「ウイルスの国内への侵入を阻止するため、水際対策の徹底を図っていくことに万全を尽くす」と説明したように、政治家が「水際対策を徹底すれば、ウイルスの侵入を防げる」と受け止められる発言を繰り返した。厚生労働省としては・・・第1に「感染拡大のタイミングを可能な限り遅らせ、その間に医療体制やワクチンの接種体制の整備を図る」ことを掲げていた。水際対策はあくまで「時間稼ぎ」に過ぎず、決して水際対策でウイルスの侵入を防げることを前提にしていなかった。こうした正しい政策目標を行政が掲げていても、「海外では発生しているけれど、日本は大丈夫。安心してください」という「安全」「安心」を強調しようとする政治家の発言を私たちメディアがそのまま報じ、さらに白い感染防護服に身をまとった職員などが航空機内や空港を駆け回る光景を繰り返しテレビや新聞で伝えることで、「検疫を強化すれば日本への上陸を防げるのではないか」という期待と誤解を国民に広めた側面は否めない

後日の調査では、日本に上陸した新型インフルエンザの遺伝子型を分析したところ、WHOが「メキシコ市周辺で57人が死亡した疑いがある」と発表した4月24日より2日前にすでに日本にウイルスは上陸しており、近畿圏で感染の拡大が始まっていたことが確認されている。検疫の強化は確かに「時間稼ぎ」としては必要だが、水際対策に力を入れすぎたため、医療現場から検疫への応援に駆り出される医師や看護師が増えた。さらに感染した可能性を否定できない渡航者が入国後に発症しないか定期的に連絡して確認する「健康監視」の対象者も次第に増え、4月28日から5月21日までで約13万人に上った。保健所は日常業務に加え、1保健所で平均1日77人の追跡調査に追われた。結果的に本来は「時間稼ぎ」の間に国内での感染拡大に備えて態勢を整えるべき医療現場が水際対策で疲弊してしまった。振り返ると、検疫の限界を繰り返し伝え、水際対策に力を入れすぎる政策に対して警鐘を鳴らす報道が必要だったと考える。

Ⅲ. マスクをめぐる報道 ~「予防のため着用」で混乱

「遺伝子検査の結果は陰性」――。検疫で感染が疑われた渡航者に対する遺伝子検査の結果が毎日のように厚生労働省から発表された。・・・ゴールデンウイークが明けた5月8日、学校行事でカナダに滞在した後に米デトロイト経由で成田空港に帰国した大阪府内の高校生が新型インフルエンザに感染していることが入国前の検疫で初めて確認された。「感染者を初確認」。新聞各社は5月9日付朝刊の1面トップ記事で大々的に報じた。日経新聞を始め新聞各社は国民がパニックに陥らないように、こうした不安を与える情報を報道する際は「安心情報」も積極的に発信した。たとえば「Q&A 感染拡大時の対応は 国内でも長期の警戒必要 人混み避け、手洗い タミフル治療に効果」(5月9日付日経新聞夕刊)、「予防対策 手洗い15秒以上」(同日付朝日新聞夕刊)、「Q&A 新型インフル、日常生活での注意 マスク、手洗い、うがい必須」(同日付読売新聞夕刊)など、改めて予防策を図解入りで掲載した。ただマスクに関しては単に着用を呼びかけるだけだったため、「予防するためにはマスクが必要」というイメージを植えつけた。

マスクをしていても予防には十分ではない」ことは、新型インフルエンザ発生に備え、2008年9月20日に専門家会議がまとめた「新型インフルエンザ流行時の日常生活におけるマスク使用の考え方」という文書に書かれていた。この中でマスクについて、せきやくしゃみなどの症状がある人には「飛沫の感染を防ぐために不織布マスクを積極的に着用することが推奨される」としている。「不織布」とはガーゼのように縦横に織ってある布と異なり、文字通り「織っていない布」で繊維や糸などが絡み合っており、発症した患者がせきやくしゃみをした際、口からウイルスの拡散を抑えられる。ところが健康な人については「マスク使用の考え方」では「机、ドアノブ、スイッチなどに付着したウイルスが手を介して口や鼻に直接触れることを防ぐことから、ある程度は接触感染を減らすことが期待される。また環境中のウイルスを含んだ飛沫は不織布製マスクのフィルターにある程度は捕捉される」と効果を認めつつも、「感染していない健康な人が不織布製マスクを着用することで、飛沫を完全に吸い込まないようにすることはできない」と予防対策としては限界があることを指摘している

こうしたマスク着用に対する知識を繰り返して伝えたメディアはほぼなかった。「予防するためにはマスクが必要」というイメージが強かった報道は5月8日に入国前の検疫で初めて確認された高校生の海外での対応に対する批判につながってしまった。海外で流行が拡大するなか、高校側が日本からマスク50枚を送られながら、引率の教諭らは「周囲にマスクをしている人はおらず、自分たちだけがすれば違和感がある」と判断して、空港や帰国の旅客機内以外ではマスクを着用していなかったからだ。これは正しい対応だった。ところが感染が確認された翌日に記者会見した高校側も「マスクをしていれば感染を防げたかもしれない」と説明した影響もあり、「新型インフル初の確認 生徒ら現地でマスクをせず」(5月9日付夕刊)と報じた。他紙も同様に、現地でマスクを着けていなかった対応を問題視する記事を伝えた。このほかの報道でも、周囲に誰もいない病院の前でマスクを着けてリポートするテレビ局の記者や、マスク姿の写真を紙面で多用するなど「新型インフルエンザ」=「マスク」という分かりやすい構図を強調する報道が多く、結果として「感染していなくてもマスクは必要」という誤ったイメージを伝え続けた。薬局などではマスクが品切れになる「マスク・パニック」を生む原因ともなった。

Ⅳ. 初の患者をめぐる報道 ~「未知への恐怖」で誹謗中傷

新型インフルエンザの感染はきちんと対応すれば防げる」。マスクに関する報道などをめぐって植えつけられた誤ったイメージは、5月16日に国内で初めて渡航歴のない高校生の集団感染が確認されると、患者や関係者に対する激しい誹謗中傷にもつながった。5月16日は、5月8日に入国前の検疫で感染が確認された高校生が感染防止の停留措置を終え、空港近くの病院から退院した翌日のことだった。渡航歴がなく発症したのは神戸市内で発症して受診した高校生。同じ日には大阪府内でも同じく渡航歴のない高校生が新型インフルエンザと診断され、さらに通っている学校はインフルエンザで学年閉鎖しており、100人を超す生徒がインフルエンザの症状があり、国内で感染が拡大していたことが明らかになった。「なぜもっと早く新型インフルエンザと分からなかったのか」「最善の策は取ったのか」「生徒を外に出すな、うつったらどうしてくれるんだ」。大阪府内で集団感染が確認された学校には、中傷やクレームの電話が殺到し、一時電話が通じなくなるほどだった。この学校の生徒が制服をクリーニングに出そうとしたら「〇〇高校なの?」などいやな対応を受けたり、タクシーで乗車拒否されたりするケースも出た。インターネット・・・でも、「〇〇高校の生徒に近づくとウイルスがうつるぞ」など根拠のない誹謗中傷が広がった。・・・その後も患者が発生した複数の学校では、校長が記者会見して謝罪し、中には涙を流す校長もいた。感染したことが罪であるかのような記者会見だった

大阪府の感染状況の調査を担当した国立感染症研究所の安井良則・主任研究官(当時)は・・・「1918年のスペイン風邪と呼ばれる新型インフルエンザが世界的に流行し、その後もアジア風邪、香港風邪の2度のインフルエンザの世界的流行(パンデミック)を経験し、新型ウイルスの発生のメカニズムが解明され、ワクチンの開発と改良、抗ウイルス薬の開発が進み・・・今回の発生前から新型インフルエンザに対する情報は多かったが、かえって新型インフルエンザに対する恐怖感や嫌悪感をあおり、誹謗中傷・風評被害が発生する遠因となっていたことは否定できない」などと指摘している。さらに実際に国内で発生した際、インフルエンザウイルスは通常の環境では数時間で活性を失って感染しなくなるにもかかわらず、1週間以上休園や休校した保育園や学校で再開前に消毒し、その姿を報じた。感染症の専門家の安井主任研究官でさえも、集団感染した高校が2週間の休校後に再開する際には「必要がないことを知りつつも校内やスクールバスなどの消毒を実施せざるを得なかった」と明かし、「事実に基づかない不的確な情報であっても、いったん情報が広く流布され、国内でイメージが定着してしまうと、それを覆すのは容易ではない」と振り返っている。安井主任研究官は「ほとんどの国民にとっては未知なる感染症であり、国民が抱いた恐怖感は相当なものであったことは想像に難くない」と理解しながら、集団感染した学校や生徒への誹謗中傷を少しでも抑えようと、当時、国立感染症研究所に集まったメディアに対して調査結果と大阪で起きている現実を伝え、風評被害を抑える報道を切々と訴える姿がいまも目に焼き付いている。・・・

Ⅴ. 新型インフルエンザにどう備えるか ~「季節性」への理解が礎に

2009年の新型インフルエンザは幸いにして強毒型ではなく、感染しても軽症で済む患者が多く、医療技術の進歩もあり、全世界で4000万人以上が死亡した約100年前のスペイン風邪・・・のような被害は生じなかった。だが新型インフルエンザはこれまで10~40年周期で発生を繰り返している。前回の2009年から10年となり、今後再び発生するリスクは高まっている。新型インフルエンザに対して、私たちはどのように備えるべきだろうか。その答えは、まず毎年経験している季節性インフルエンザについて、正しい知識を持つことだ。・・・メディアとしては2009年の際には事前に備えながら結果として過熱報道につながった経験を省みる必要がある。そして多くの人が経験している季節性インフルエンザについて正しい情報を伝え、インフルエンザの正しい知識を深めてもらうことこそが、新型インフルエンザが再び発生した際の混乱をできるだけ少なくする備えの礎になる。

➡ マスコミは相変わらず「陽性者の数」だけで煽り続けています。最後の最後に重傷者について触れました。死者については報道しません。も参考になります。

➡ データから見る限り、デルタ株で重篤化率や死亡率が増えているわけではないようにみえます。従来のウイルスと同様に感染力が高くなり、弱毒化している感じですね。も参考になります。

➡ デルタ株の発生で、若年層の重症化は本当に悪くなっているのか? そうでもないみたいよ・・・。も参考になります。

➡ コロナ問題やワクチン問題を、科学的・体系的に理解したい方は、「科学的事実①:はじめに」から「新型コロナウイルス感染症に関する科学的事実(第三版:2021.5.24)」をお読みください。