2020.9.15

中小企業における 「生産性」 を向上させる処方箋

―― 企業規模の拡大は、日本経済の改善に寄与するか? ――

(2) 「規模の経済」 は本当にオールマイティなのか?

「企業規模拡大論者」は、「①労働生産性=②労働者1人当たりの利益額」であると大胆に仮定して、「ⓑ生産性を決定する要因は規模である」と主張します。この主張は、経済学の初歩である「規模の経済(Economies of Scale)」(注1)というもっともらしい衣を身にまとっていますが、じつは、まやかしにすぎません。何と言っても、論理の中核になっている「①労働生産性」の正確な計算すら、まともにしていないのです。そもそも、「企業規模拡大論者」は、中小企業の社数を半減させる論拠として、中小企業における経営者のマネジメント能力にフォーカスして、そのレベルを問題視してきました。そうであれば、もっと「経営」の中身に立ち入った分析をすべきです。「企業規模拡大論者」は、「経営」という行為に関する理解が乏しいか、軽視しているとしか思われません(注2)。

(注1)「規模の経済」とは、通常、ある一定の生産設備の下で生産量や生産規模を高めることで単位当たりのコストが低減されるということを指します。

(注2)「企業規模拡大論者」のリーダーであるデービッド・アトキンソン氏は、自分自身を「経営者である」と自己紹介しているものの、じつは、著書において指摘している論点は、コスト削減と教育投資程度。売上拡大や単価の引上げなどに関する「経営者」らしい指摘は見当たりません(別稿3参照)。

ここでは、いったん「①労働生産性」の議論を離れて、「②労働者1人当たりの利益額」に焦点を当てて、議論を深めることにしましょう。「経営」の観点から、「②労働者1人当たりの利益額」を増大することを考えれば、以下の6つの要素(ア~カ)によって変動し得ることが分かります。すなわち、

(ア)                        規模拡大により、商品を提供するコストを引き下げる

(イ)                        交渉や創意工夫等により、商品を提供するコストを引き下げる

(ウ)                        R&D投資を行い、その費用以上に(ア)を引き下げる

(エ)                       (新しい)商品をより高い値段で売る(≒値段を下げない)

(オ)                        同じ価格でより多くの商品を売る

(カ)                        広告等を展開し、その費用以上に(エ)(オ)を引き上げる

で成り立っているのです。明らかな事実として、「経営」という行為は、「規模の経済」を主因とする(ア)だけで語れるほど単純ではありません。一般的に言えば、大企業が(ア)の能力に秀でていることは事実ながら(注)、それは、多くの場合、参入障壁を高くして寡占状態を保っているがゆえに、(エ)無用な値段の引き下げにさらされず、逆に、(イ)圧倒的な購買力で下請企業から安く仕入れられるからという理由にすぎないだけです。これらは、市場構造に因るものであって、経営者の経営能力に因るものではありませんから、大企業の経営者だからマネジメント能力に秀でているとは言い切れません。

(注)大量の広告宣伝などを展開することにより、ブランド価値を高めるという、(カ)の能力が極めて高い大企業も、一部に存在しています。

そもそも、「ⓑ生産性を決定する要因は規模である」という命題が真実なのであれば、規模が大きく独占業務を担っている官僚機構は、「①労働生産性」が極めて高いはずです。しかし、現実には、民間企業では考えられないレベルで「規模の不経済」が働いています(注1)。また、民間企業においても、この30年近く、「規模の経済」を唱える当局の下で、統合もしくは選択と集中を実践してきましたが、「③企業としての競争力」が大幅に強化されたようには見えません。確かに統合によって、日本市場における寡占化は達成され、寡占利潤を得ることができるようになり、「②労働者1人当たりの利益額」を高めた先も見受けられますが、東芝やシャープのように選択と集中に失敗して、破綻する間際まで追い詰められた大企業も少なくありませんでした(注2)。

(注1)今回のコロナショックにおいても、報告する数値を集計する作業において、保健所が未だにFAXを使用し続けているとか、特別定額給付金におけるオンライン申請の照合をパソコン画面で目視していたなど、普通であれば考えられないような「規模の不経済(=業務改善に対する官僚の無関心)」が存在していることを確認することができました。何度ミスをしても似たようなミスを繰り返し、反省の色がなく、成長の跡が見えない日本年金機構にも、「規模の不経済」が有効に機能しているとしか思われません。

(注2)国内に競合他社が多く存在し、過当競争で評判が悪かった日本の家電メーカーは、この30年で一部は淘汰され、大きく再編されました。しかし、結果を見れば、淘汰や再編によって、①労働生産性や③企業としての競争力が強化されたという明瞭な事実は観察されません。それどころか、国際競争において、台湾や韓国や中国の企業の後塵を拝しています。

規模が大きくなれば、「①労働生産性」が向上するというのであれば、ベネズエラのような社会主義国における国有企業の「①労働生産性」は最も高くなるはずです。何と言っても、国内市場を独占している巨大企業なのですから(注1)。しかし、私たちの眼前で展開されている現実は、それほど単純ではありません。競争原理(=切磋琢磨)が機能しなくなったベネズエラでは、巨大企業の内部でまともなマネジメントが行われず、「①労働生産性」が凋落してしまったがために、「③企業としての競争力」を失ってしまっており(注2)、いまでは、必要不可欠な海外の物資(例えば、医療器具や薬など)を十分に輸入する国力すら失ってしまっています

(注1)ベネズエラで、1999年に就任したチャベス大統領は「21世紀の社会主義」を掲げました。革命実現のため石油会社のPDVSAに対し国庫への拠出を増やすよう求め、経営の独立性を保ってきた同社と衝突。チャベス政権は、反対する職員2万人を解雇する一方で、軍人や政治家らをPDVSAに送り込み、職員は10万人以上に膨れ上がります。原油価格が1バレル100ドルを超えていた時期は、独占利潤が潤沢だったので、マネジメントの稚拙さは露呈しませんでしたが、2016年に原油価格が1バレル40ドルに下落すると、PDVSAは傘下企業への代金の支払いができなくなりました。

(注2)2018年5月、朝食の75%を供給してきた米国のシリアル会社ケロッグが工場閉鎖を宣言すると、マドゥロ大統領は「政府が没収して労働者の手で運営する」と宣言。支持した労働組合・学生・農民・原住民勢力は歓喜しましたが、シリアルが生産されることは二度とありませんでした。当たり前のことですが、規模が大きくなればそれでよいというものではないのです。


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➡ 軽々しく省力化投資とかIT投資などを唱えるエコノミストは実際の経営を知らない素人。実践のない机上の空論では、企業も、経済も、うまく回りません。そんなこともわかってない。も参考になります。

➡ マスコミには、AI や RPA の有効性を声高に語る「専門家?」が大勢いますが、だいたいは、AI や RPA を売りたい人の代理人。何だかPCA検査やコロナワクチンと同じ匂いがしますね。も参考になります。

➡ 菅政権における経済政策の問題点について、理論的に考えてみたい方は、「生産性」に関するアトキンソン理論の検証①:はじめにから読んでみてください。