2020.9.15

中小企業における 「生産性」 を向上させる処方箋

―― 企業規模の拡大は、日本経済の改善に寄与するか? ――

(別稿2) 日本における外食業界の 「労働生産性」 は低いのか?

冷静に、日本の「外食業界」を眺めてみましょう。日本の外食業界は、「日本で最も参入障壁が低く、日本で最も競争が厳しい業界」と言っても過言ではありません。というのは、極めて簡単な保健所の許可さえもらえれば、誰でも参入できるだけでなく、家族経営などの小規模であっても味とコストとサービスに秀でれば、大手のフランチャイズとすら互角に戦えるフェアな市場であり、かつ、好景気でも1割が退場していく厳しいビジネスだからです。

実際、外食企業が、日々相手にするお客さまは、だいたいがケチで、わがままで、浮気者が多いものです(私たち日本国民のことです)。10円~20円の違いにもうるさく、散々注文を付けておきながら、他に良い店を見つけたら、すぐにそっちに行ってしまう。本当に大変な市場です。でも、そこまで競争が激しいから、お客さまからすれば、とてもおいしい料理を、リーズナブルな値段で、しかも、おもてなしたっぷりのサービスで、受けることができるのです。40ヶ国近くを旅した個人的な経験から言っても、日本の「外食業界」は、コスト・パフォーマンスや味やサービス、多様性などから見て、世界一だと自信を持って言えます。

本稿において、「労働者1人当たりの利益額」を引き上げる方法として、()規模拡大により、商品を提供するコストを引き下げる、()交渉や創意工夫等により、商品を提供するコストを引き下げる、()R&D投資を行い、その費用以上に(ア)を引き下げる、()(新しい)商品をより高い値段で売る、()同じ価格でより多くの商品を売る、()広告を展開し、その費用以上に(エ)あるいは(オ)を引き上げる、の6つを挙げていますが、日本の外食業界は、この6つのすべてにおいて、一般的な大企業よりも格段に努力しています。理由は簡単です。そうしなかったら、すぐに退場の憂き目に遭ってしまうからです。

だから、生き残っている外食企業は、ものすごい「競争力」を持っています。見た目の「労働生産性(≒労働者1人当たりの利益額)」が「製造業の大企業」よりも低いのは、単に「競争が激しいので、大企業のような寡占価格を付けられない」からであって、「本当の労働生産性=世界に通用する競争力」は、決して、「製造業の大企業」に劣るものではありません。

もしも、外食業界に参入する企業を減らすために、保健所の検査に1000万円以上の費用を課すとか、面倒くさい検査を毎月義務付けるとか、同じ地域には類似業態を開店させない、もっと言えば、「一度食べたら、類似の店に行ってはならない」という法律を作る、などの規制を導入すれば、間違いなく、外食業界の「労働生産性(=労働者一人当たりの利益額)」は向上します。競争が厳しくなくなるので、いまよりも値上げが容易になるからです。しかし、それは、消費者にとって、プラスとなる「労働生産性の向上」ではありませんし、「本当の労働生産性=世界に通用する競争力」でもありません。要するに、「外食業の労働生産性が低い」と騒いでいる方々は、「①労働生産性」と「②労働者1人当たりの利益額」と「③企業としての競争力」の話をごちゃまぜにしているだけなのです。

「ブラックな外食業界の職場を改善するために、賃金を上げるべきだ」と主張するのであれば、他業界が、外食業界の労働者を魅力的な条件で引き抜けばよいだけです。もしも、雇用主が社員の転職を阻んでいるのだとすれば、それこそ労基署の出番です。こんな問題は、労基署に「転職110番」を設けるだけで解決できます。外食業界の職場がブラックになりやすいのは、競合相手が多くて競争が激しいだけでなく、お客さまがケチでわがままで浮気者だからです。経営者は、この市場構造を変えることはできませんし、「真の①労働生産性≒③企業としての競争力」という観点からすれば、この市場構造を変えるべきでもありません。

そもそも、外食業界は、各種の報道によって、ブラックであることが広く知れ渡っている業界です。ブラックであることを知らない若者の方が少ないでしょう。アルバイト経験がある人も多いから、社内事情を含めて、経済学者やジャーナリストたちより実態に詳しいはずです。「外食業界の労働生産性の低さ」を責め立てるエセ経済学者やアマチュアのジャーナリストたちは、まずは、なぜ、いまでも外食業界に就職する若者たちがいるのか、という点を調べるべきです。

厳しい業界なのに入ってくる若者がいるのは、外食業界には、学歴も、職歴も、年齢も、家柄も、コネも、性別も、国籍も関係ない、本当の「ガチンコ勝負」があるからです。大学を卒業してなくとも、恵まれた家庭に生まれていなくとも、外食業界であれば、同等の勝負ができます。店長になれます。マネージャーになれます。オーナーにだってなれます。競争がフェアなのです。オーナーになって、起業したてのスタートアップ企業だって、大チェーン店と戦えます。だから、夢を持てます。そして、成功すれば、それに見合う報酬ももらえます。だから、こんなに「ブラックだ」と叩かれても、勝負するために門を叩く若者がいるのです。

定義をあいまいにしたままの「労働生産性」という概念を振りかざして、競争の現場を無視した議論に時間を浪費するのではなく、経済構造の全体を見て、正しい経済政策を実施すべきです。


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「生産性」に関するアトキンソン理論の検証⑥:大企業の 「生産性」 は本当に高いのか?

➡ 大企業のリストラや中小企業の廃業・破綻による影響が拡がっています。尾身部会長は「それは私の専門分野じゃないから知らない」とか言うんでしょうねぇ・・・(涙)。も参考になります。


➡ 
こんな状況で最低賃金を上げる??? 菅政権の景況感はスゲーな!? コロナ対策もダメだし、経済政策もダメ?も参考になります。


➡ 最低賃金の引き上げで、日本が韓国のような惨状にならないことを祈ります。飲食業のようなサービス業を狙い撃ちする菅政権。ほかの国だったら、倒閣運動になってるよ・・・。も参考になります。

➡ 菅政権における経済政策の問題点について、理論的に考えてみたい方は、
「生産性」に関するアトキンソン理論の検証①:はじめにから読んでみてくださ