(天空の月は時折姿を見せていたが、今宵は隠れがちだった。雲の隙間から見えたと思えば、その次の瞬間には隠れてしまう。その微妙な塩梅は、ワシントンの政局を観るようでもあった。見通しが明るいかと思えば、意外に暗かったりする。その一方、お先真っ暗かと思っていたら、じつは光が差し込んだりする。一寸先は闇 ―― それが、ジョー・バイデンとミッチェル・マコーネルが半世紀も泳いできたワシントンという政治ゲームの沼地の現実だ。トランプ政権の4年間は、その沼地に足をすくわれ続けてきたと言ってよい。)

そもそも、トランプは、根っからの共和党支持者じゃねぇからなぁ。あいつは、南北戦争後で初めての無党派大統領なんじゃねぇか? 実際、支持政党を5回も変えている。政界入りする前は、両党に献金してきたが、1990年代から2000年代は共和党よりも民主党に多く献金していたしなぁ。ヒラリーや俺だって、トランプの献金を受けたことがある。従来、共和党では、財政のタカ派や外交のタカ派、そして社会保守派なんかが中核を担ってきたんだが、トランプは、「異端」とされていた「反エスタブリッシュメント」や「ナショナリズム」を掲げる「ポピュリスト」を味方につけて、共和党でのし上がった・・・。だから、伝統的な共和党議員からは受けが悪い。ジョン・マケインやミット・ロムニーに聞いてみろよ。あいつらは、共和党の大統領候補だったが、「ポピュリスト」は自分の思想と一致しないと公言していた。だが、トランプは、「アメリカ第一主義」を掲げ、「ポピュリスト」たちに秋波を送って成功した。要するに、これまでの共和党の大統領とは全く異質なんだ。

まあ、冷静になって振り返れば、その予兆はあったと言える。1992年の大統領選では反エスタブリッシュメントや北米自由貿易協定(NAFTA)反対を掲げた第3党のロス・ペローが19%もの票を獲得したからな。ペローを支えたのは白人労働者階級だったんだが、この層は、2008年の大統領選で共和党副大統領候補で反エスタブリッシュメントのサラ・ペイリンを熱狂的に支持した・・・。そういう流れの中で「反エスタブリッシュメント」のトランプが、「エスタブリッシュメント」を代表する大統領候補たちに勝ったから、「共和党支持者はカントリークラブ(富裕層)からカントリー(田舎)に移った」とも言われている。逆に、都市部や郊外に住んで「エスタブリッシュメント」を支持している大卒の白人なんかは、トランプ政権を批判し、共和党支持から民主党支持に切り替わっていった・・・。つまり、共和党の中では内戦が起こっているんだ。共和党の支持層は大きく変革したと言っていい。だから、共和党議員の中にも、反トランプの勢力はかなり潜んでいる。侮れない存在だ。

(実際、政治団体の「トランプに反対する共和党有権者(RVAT)」や「リンカーン・プロジェクト」は、共和党内における「ネバー・トランプ(トランプを絶対に認めない)」運動を支援してきた。資金力もバカにできない。3ヶ月で3000万ドル~6700万ドル程度は集める力を持っている。しかし、「トランピズム」とも呼称されるほど、トランプ大統領の人気が抜きんでている以上、その実力を無視することはできなかった。この4年間で、共和党は「トランプ党」と化してしまった。トランプに逆らっても勝ち目がない。マーク・サンフォード元下院議員、ジェフ・フレイク元上院議員、ジャスティン・アマッシュ下院議員はトランプ大統領を批判したため、再選を逃した。その現実を観ている議員たちは、内心は違っても、面従腹背を続けているのが実情だった。・・・ジョー・バイデンの政局解説は続く。)

この共和党内の政局を俯瞰してみると、銀行やインベストメントバンクを包含するウォール街の国際金融資本、それに世界を股にかけて活動する多国籍企業、ITインフラを世界中に提供しているGAFAなどのビッグテック企業の支援を受けた共和党の「エスタブリッシュメント層」と、労働者階級からの強い支持を受けたトランプをリーダーとする「反エスタブリッシュメント層」との戦いだということがわかる・・・。じつは、俺の民主党でも、同じ時期に大きく変貌していた・・・逆の方向にな・・・。切っ掛けはビル・クリントンだよ。1991年にソビエト連邦が崩壊して、東西の冷戦がアメリカの勝利に終わった後、世界に敵はいなくなった。1993年に大統領になったビル・クリントンは、金融緩和やIT革命でビッグテックを育てて、国際金融資本・多国籍企業・ビッグテックとの関係を強化していく。これらの企業は、国境などという面倒くさいものなしに成長したい奴らだ。世界中で一番安いところで生産し、安い労働力を導入し、一番高く売れるところで売りたいというのが願いさ。だから、関税や規制などをなくす方向で圧力をかけていく。だから、1999年、クリントン政権のときに、EUに対抗するという名目で、カナダやメキシコとの間で関税をなくすNAFTAが成立したんだ。・・・

えっ、「それは、グローバリズムってことか?」だって?・・・俺は、グローバリズムとかグローバリストかいう専門用語は知らんよ。俺が知っているのは、グローバルなコングロマリットの奴らが、クリントン政権の頃から完全に民主党支持に回ったっていう事実だけだ。だから、民主党の政策は、いつの間にか、労働者のためのものではなく、グローバル・コングロマリットのためのものに変貌していった。一番ハッキリしたのは、2008年だったよ・・・。民主党の支持者たちは、リーマンショックの後に発生した貧富の格差について、バラク・オバマが何かしてくれるはずだと信じていたんだが、結局は何もしてくれなかった。まあ、これは俺にも責任があるんだが・・・。オバマは、スピーチは得意なんだが、政策はからっきしだからなぁ。まあ、そんときはすでに、グローバルなコングロマリットの奴らとベッタリだったから、労働者のための政策なんか打てっこねぇ・・・。オバマケアが良い例さ。あいつは、日本のような国民皆保険を打ち出したが、グローバル・コングロマリットの一味である保険業界からものすごい突き上げを食らって、「オバマケアは民間保険でもいいんです」と日和やがった・・・。結局、あいつは、グローバル・コングロマリットの手先に過ぎないのさ。ポリシーなんかどこにもねぇ・・・。まあ、俺が言える立場じゃねえがな・・・。

(ドナルド・トランプは、「アメリカの経済がダメになったのは、金持ちばかりが儲ける仕組みがあるからだ。グローバルなコングロマリットの意向を忖度しないで、アメリカ国民のための政治をする」と公言して、政界に殴り込んできた。メキシコの国境を超えてやってくる不法移民は、クリントン政権からオバマ政権のときまで駄々洩れ状態だったが、その動きを制限する。それで、不法移民によって不当に下げられてきたアメリカ国民の賃金下落に歯止めをかけた。また、中国の安い商品がアメリカ国内にどんどん入ってくると、米国の産業が潰れてしまうから、関税をかけて、アメリカの産業の復興に注力した。それが、トランプの「アメリカファースト(アメリカ第一主義)」だったのだ。これまでグローバル・コングロマリット重視で無視され続けていた労働者階級は、トランプの政策を喜んで受け入れた・・・。ジャック・バウワーの友人たちは、エスタブリッシュメント層ではなく、労働者階級が多かったから、肌感覚で、その事実はよくわかった。・・・)

クリントン政権は、中国が開かれていけば、「経済は自由・政治は独裁」というドグマがもたなくなって、早晩中国は、民主主義国家になっていかざるを得ないと見込んでいた。そこで、グローバルなコングロマリットの奴らからの要請に応えて、中国の経済発展をサポートする方針を打ち出したんだ。それが、アメリカと巧く組んで自分の懐を肥やそうとしていた江沢民派の「上海閥」と波長がビシッと合ったんだな。「上海閥」は、外国資本や新興財閥に対して、国有地や国営企業を払い下げる。その代わりに、彼らは高額の賄賂をもらうという賄賂システムを創り上げた。2002年に、江沢民からバトンを受け取った胡錦涛も、基本的には江沢民の路線を引き継いだので、米中の蜜月は最高の歳月を迎えた。そこでは、俺もそれなりに貢献してきた・・・。その結果、中国は、2011年末に日本を抜いてGDP世界第2位の経済大国になるまで発展した。しかし、ビル・クリントンの見込みとは異なり、一党独裁体制は崩れない。逆に一党独裁の強みを活かして、市場経済を拡大していく中国は、アメリカ合衆国の脅威になるまでになっていくことになったんだ・・・。

胡錦涛の治世が10年目を迎え、後継者を選ぶ時期になると、アメリカとズブズブの江沢民派と、江沢民と比べると若干保守的な胡錦涛派が後継候補の争いで睨み合うことになった。その中で頭角を現したのが習近平さ。あいつはどっちつかずだったし、そんなに権力基盤も強くなかったからな。だから、江沢民も胡錦涛も了承したんだ・・・。ところが、2012年に総書記になると腐敗撲滅運動を推進して、自分のライバルとなるような江沢民派や胡錦涛派の人材を片っ端から逮捕しやがった。それで、中国人民からの喝采を浴びて、権力を我が物にしていった。大した奴さ。国内での支配体制を強化した習近平は、「21世紀のシルクロード構想」と呼称する「一帯一路」構想を推し進め、莫大な投資を行いインフラを整備する。貧しい国にカネを貸してその国に進出するんだ。カネを返せなかったら、港をもらったり、パイプラインの利権をもらうわけさ・・・。まあ、19世紀末に欧米列強がアジアやアフリカで展開した帝国主義の物真似だがな・・・。ただ、習近平は、江沢民のような「金儲け主義」じゃない。グローバリストというよりはナショナリストだと言える・・・。だから、江沢民のときのように、米中が蜜月になるって感じじゃないんだよなぁ・・・。

――「24-Twenty-Four-《ジョー・バイデン物語》第51話(1/20予定)」に続く。