(天安門事件のことを話すジョー・バイデンの横顔を見ながら、ジャック・バウワーは、主要メディアやSNSによる言論統制を思い出していた。・・・いま俺たちのアメリカ合衆国で日々行われていることは、天安門事件を隠蔽しようとする中国共産党の策謀と何ら変わるところがない・・・。中国共産党が隠蔽しようとしたのは、天安門事件であり、バイデンがいう「あいつら」が隠蔽しようとしたものが「不正投票」という違いだけだった。・・・)

じつは、この中国共産党の危機を救ったのが、日本だったんだよなぁ。・・・かなり皮肉な歴史的な事実なんだがな・・・。この事件の反動を抑え込むために、中国政府は、市民にとっての「仮想敵」を持つことが必要になった。国民の関心を国内ではなく、海外に向けるために、日本を仮想敵として、「反日政策」として結実させていく。世論の矛先が中国共産党に向くことだけは避けなければならないからな。中国共産党は、天安門事件を隠蔽することに情熱を燃やし、一切反省や謝罪をしなかっただけでなく、この事件に関する検証報道を一切させなかった。完全な情報統制を行ったんだ。天安門事件は、中国における最大のタブーさ。しかし、徹底的に洗脳的な歴史教育を行ったから、天安門事件のことを知らなかったり、西側が流したデマだと認識している若者が多いんだよ。それにしても、学校教育と情報統制は怖いねぇ。バラク・オバマが、学校教育と情報統制に情熱を注ぐ理由がよくわかるよ・・・。

当時、民主主義を信奉する西側諸国が次々と、天安門事件における中国共産党による武力弾圧を非難した。アメリカ、イギリス、フランス、西ドイツを含む各国は、武器を持たぬ市民を手当たり次第に大虐殺した蛮行に対して抗議し、対中首脳会議の停止、武器輸出の禁止、世界銀行による中国への融資の停止などの外交制裁を実施した。1989年7月に開催したアルジェサミットでは、議長国フランスをはじめとした西側諸国が残虐行為を厳しく非難したもんさ。ところが、日本は違った。宇野首相って奴は、対中円借款を凍結する一方で、「中国を孤立させるべきではない」と主張したのさ。アホだよなぁ・・・。「人道的見地からは容認できない」としながらも、「我々とは政治社会体制及び価値観を異にする中国の国内問題であり、対中非難にも限界がある」というスタンスを貫き、「西側諸国が制裁措置等を共同して採ることに日本は反対する」という基本方針で臨んだんだからなぁ・・・。

(さすがに、半世紀もの歳月、外交畑で手腕を発揮してきただけあって、ジョー・バイデンは、外交の裏表に通じていた。しかし、「認知症」とは到底思えない博覧強記ぶりが、ジャック・バウワーの心の深奥に潜んでいる疑惑を再び浮上させつつあった。バイデンは、「認知症」を装った知能犯なのではないか、という密かな疑惑だ。・・・)

結局、その宇野っていうアホの頑張りで、先進国による共同制裁は見送られることになった。対中貿易を重視した日本の財界からの要請が強かったようだが、宇野自身が女性スキャンダルで世論的に追い込まれていたから、サミットで独自色を出して政権を浮揚させたいという色気があったらしい。それで、対中非難声明の素案に記述されていた「中国における野蛮な鎮圧」に難色を示して、「激しい抑圧」にトーンダウンし、「中国当局が孤立化を避け、協力関係への復帰をもたらす条件をつくり出すよう期待する」という一文も加筆させた。日本政府は、「サミットまでは『模様ながめ』の姿勢をとり、中国が改革開放路線を維持していくことを確認の上、徐々に関係を正常化していく」という方針だったらしいよ。お人好しっていうかなんだかねぇ・・・。総理を退任した後に、宇野って奴は、訪中した際に江沢民から、このサミットでの対応に感謝されたっていうんだが、その頃、中国は、天安門事件の怨念が中国共産党に向かわないように、日本を仮想敵とした「反日教育」を強化することに一生懸命だったんだからな・・・。わがアメリカ合衆国の同盟国ながら、バカな国だよ。・・・

(ジャック・バウワーは、日本の政情にはあまり詳しくはなかったが、中国の動向を探る際に、現地のパートナーと情報交換する際に、副産物として話を聞くチャンスがあった。多くの場合は、中国が、日本の当局者を掌で動かしているというストーリーであったのだが、ジャックが一番驚かされたのは、日本に「スパイ取締法」がないという事実だった。実際、「日本はスパイ天国だ」と揶揄する声も少なからず聞いていた。スパイの黒幕は、ほとんどの場合、大使館の書記官や駐在武官だから、外交特権保持者なので逮捕ができない。できることは、「ペルソナ・ノン・グラータ通告」で「退去・帰国をお願いする」ことだけだった。・・・)

ジャックも、レフチェンコ事件のことは覚えているだろう。1979年にアメリカに政治亡命したソ連のKGB(国家保安委員会)のスタニスラフ・レフチェンコ少佐が、下院情報特別委員会の秘密聴聞会で暴露したんだが、そこで、日本国内での工作活動が明るみに出た。レフチェンコは、「ノーボエ・ブレーミャ」の東京特派員として、日本に潜入。KGB東京代表部では「積極工作(アクティブ・メジャーズ)」に従事し、5人の要員を使っていたらしい。「積極工作」というのは、政界や財界、マスコミ関係者と接触して、日本の世論や政策が親ソ的なものになるように仕向けるため、懐柔した日本人協力者を利用して謀略活動を行うことで、最終的には日米関係を損なわせることを狙っていた。KGB内部では積極工作の協力者のことを「エージェント」と呼んでいたが、当時は200人以上の日本人がKGBエージェントとして動かされていたらしい。レフチェンコは、10人前後の日本人をエージェントとして直接操り、報酬を支払っていたんだが、そのメンバーには、労働大臣、社会党の委員長や代議士、サンケイ新聞編集局次長、伊藤忠商事会長などが含まれていたんだから驚きだ。

間接的に動かしていた数多くのエージェントには、マスコミ関係者や大学教授、財界の実力者、外務省職員や内閣情報調査室関係者などが含まれていた。実際、外務省のエージェントは、秘密公電のコピーなどをレフチェンコに対して大量に提供していたし、公安関係者は、マスコミ関係者を介して、公安情報を流していた。サンケイ新聞は工作に応じて記事を書いてくれたらしい。レフチェンコは、「日本人の大半がソ連の対日諜報謀略工作の実態や目的について驚くほど無頓着。KGBによる対日工作は執拗かつ周到に行われている。日本には防諜法も国家機密保護法もないため、政府が外国諜報機関の活動に効果的に対処できず、日本人協力者に対して打つ手も限られている」と指摘したんだから笑っちゃうよな。この情報をアメリカから得た日本は、訪米して極秘裏にレフチェンコの事情聴取を行ない、日本国内でエージェントとされた人物からの聴取を進めたが、物的証拠が乏しかったので、立件できなかった。秘密公電漏洩という重大な疑惑をもたれた外務省も、独自の調査を行なったが、「機密漏洩の事実はない」という結論を公表したというが、まったくの茶番劇だよな。

(長年修羅場を潜り抜けてきたジャック・バウワーは、この分野のプロフェッショナルである。敵国のスパイ組織の潜入捜査を担ったことすらある。ジャックの眼からすれば、日本政府はゆるゆるのガバガバだった。スパイ行為を取り締まる法律がなければ、取り締まる組織を強化することもできない。そういう状況下であれば、他国のスパイが続々と入り込んで、自国の利益のために様々な諜報活動や扇動活動をすることは火を見るよりも明らかであった。その意味で、日本という国は、国家という体を為していなかった・・・。)

確か日本では、ボガチョンコフ事件というのもあったなぁ。ロシア連邦の情報機関であるGRU(ロシア連邦軍参謀本部情報部)の工作官が、日本の海上自衛隊三佐に対してスパイ活動を行ったっていう事件さ。ロシア情報の専門家だったある自衛官は、「とわだ」の船務長なんかを務めてきたんだが、息子を看病するために陸上勤務を希望したので、呉第一潜水艦群司令部に移った後に、1997年から防衛大学校の総合安全保障研究科(大学院)に所属するようになった。そこで、ロシア海軍に関する研究を行っていたんだな。そいつが、ロシアに狙われたのさ・・・。ちょうど、1999年1月に防衛研究所が開催した「安全保障国際シンポジウム」があったので、在日本ロシア大使館の駐在武官だったビクトル・ボガチョンコフ海軍大佐が、スパイ行為をするために、その自衛官に接触した。

ボガチョンコフは、熟練のスパイだった。この自衛官がある宗教へ入信すると同じ宗教に入信して共に祈り、一緒に家族旅行を楽しんだり、息子の葬儀には香典を供えて涙を流したりして、親密な関係を築いていく。その自衛官は次第にボガチョンコフに心を許し、徐々にボガチョンコフに頼みに応じて自衛隊の書類や教本を渡すようになっていくんだな。面白えのは、この事件では、ボガチェンコフをマークしていた警視庁が良い働きをした。自衛官がボガチェンコフに資料を渡す現場を押さえたんだ。ところが、自衛官は逮捕されたが、ボガチョンコフは任意同行に応じず、大使館員を迎えに来させてその場を立ち去ったんだよ。大使館に着いたボガチョンコフは、2日後に成田空港からモスクワ行きのアエロフロートに乗ってロシアに帰国した。その間、日本は何もできなかった。その自衛官は、「戦術概説」という教本と防衛力整備計画に反映される「将来の海上自衛隊通信のあり方」という機密資料を渡していたし、そのほかにも防衛研究所の組織図など数十点の資料を横流ししていて、その中にはアメリカ軍から得た情報も含まれてた。でも、起訴された自衛官の刑罰はたった懲役10ヶ月。国家機密を敵国に渡しても懲役10ヶ月なんだから軽いもんだよなぁ・・・。

――「24-Twenty-Four-《ジョー・バイデン物語》第47話(1/14予定)」に続く。