「なぜバイデンの選挙不正認めない」 日本の「トランプ支持者」は何を信じているのか

揺れる世界 日本の針路
バイデン氏の勝利が報じられた11月7日、ペンシルベニア州議会前に集まり、選挙で不正があったと訴えるトランプ支持者たち=ペンシルベニア州ハリスバーグ、大島隆撮影

米大統領選から2カ月近くがたつが、トランプ大統領の落選を今も信じない人々が米国だけでなく日本にもいる。元自衛隊東部方面総監で、安全保障について数多くの著書がある渡部悦和元陸将は最近、トランプ当選を主張する人々に批判されている。彼らの心の内は何か。渡部氏はこうした主張の背景に、中国の脅威増大を認めたくない心理が働いていると指摘する。(朝日新聞編集委員・牧野愛博)

渡部氏は防衛研究所の副所長も務めた理論派で、2013年の退官後は意欲的な執筆活動を続けている。中国の軍事力の分析などで保守層を中心に高い評価を受けていた。渡部氏が批判を受け始めたのは今年夏ごろだった。インターネット放送チャンネル「文化人放送局」で、米大統領選について「特定の候補者を支持するという立場は取らない」と宣言してからだった。

ところが、「なぜ、トランプを支持しないのか」という批判の声が番組などに殺到した。渡部氏のツイッターやフェイスブックにも、同じ趣旨の書き込みがあった。年配の男性が中心だが、若い男性層からも批判された。渡部氏は「元自衛官で保守派なのに、なぜバイデン陣営の選挙不正を認めないのか。中国に厳しいトランプをなぜ支持しないのか。中国と深い関係にあるバイデンの当選をなぜ阻止しようとしないのかといった批判だった」と語る。

渡部氏は自身を批判する人々の特徴について「一言で言えばフェイクニュースによる影響工作に引っかかりやすい人たちだ。日本の主要メディアをマスゴミと馬鹿にして信じないし、そこから情報を入手しようとしない。無条件に信じているのはトランプがツイッターなどで発信する内容だ。自分が信じていることを裏付けてくれる出所不明の権威のない情報に飛びついて、ファクトチェックをしないで信じている。情報分析に必要な手順を踏まない人たちだ」と語る。トランプ氏勝利を主張する理由は、「ディープステート(闇の勢力)や主要メディア、中国などと戦っているトランプ大統領こそ、米国だけではない世界の指導者で、大統領選での敗北は不正の結果だ」と信じて疑わないからだという。部氏の著作への評価にも微妙な変化が起きている。2016年に発表した『米中戦争そのとき日本は』(講談社現代新書)では、右派から批判の声はほとんど起きなかった。「中国が米国を打倒するには至っていないという結論だったから、皆安心した」

渡部氏は今年10月、『自衛隊は中国人民解放軍に敗北する⁉ 専守防衛が日本を滅ぼす』(扶桑社新書)を発表したが、今度は右派の一部から反発の声が起きた。「この4年で日中間の安全保障の力量に大きな変化があったことを認めたくない」という。

渡部氏は「彼らはタイトルだけをみて判断する。見聞きしたいことだけに飛びつく。自衛隊が多くの分野で中国軍に凌駕され、日本が国際的な地位を落としている現実を認めたくない」と語る。

一方、トランプ勝利を主張する人々を批判するだけでは、問題は解決しない。渡部氏は、日本政府の現在の安全保障への取り組みでは、陰謀論を唱える声を減らすことはできないと考える。

「菅政権は、なぜ早々とバイデン候補の大統領選勝利の祝意を伝えたのかを国民に説明すべきだった。また、菅政権は、敵基地攻撃能力の保有について年内に結論を出して欲しいとした安倍晋三前首相の談話を守らなかった。多くの人々は、専守防衛では日本の防衛を全うできないとも思っている。政府が本当に中国の脅威を認識していれば、このような安全保障上の欠陥を速やかに是正するはずだ」

渡部氏は、トランプ勝利を信じる人々が批判する主要メディアの奮起も促した。「朝日新聞など、彼らが批判するメディアの中には良い記事や読むに値する記事も書いている事実をまず認めるべきだ。その一方で、マスゴミと批判する人々の言い分がわかるところもある。変な角度をつけず、事実に即した質の高い記事を書き続けることが重要だと思う」

渡部氏はその一例として、日米韓の安全保障協力を巡る分析を挙げた。「米国務省は、日米韓がインド太平洋地域の核となるべきだと主張するが、違和感が残る。文在寅政権が米国の同盟国とは思えないような行動を取っているのも事実だ。日本のメディアは文政権下の韓国の問題点についても指摘すべきだろう。つまり、日本メディアも是々非々で読者が納得する上質な報道を心がけるべきだろう」

牧野愛博